日中の気温が三十度を超えたのは翌日からのことで、本格的な夏を目の前に、最音さんは学校に来なくなった。
剛はぼくのクラスに遊びにやってきては、
「あれ、氷の女王休んでるじゃん」
とつまらなさそうな顔をしてぼくに言う。
女王がいないと張り合いがないだの、目の保養にするものがないだのとうるさいが、彼女が何日もずっと学校に来ていないことに気付いていながら知らんふりを続けているクラスの女子連中よりはずっとずっとましだった。
狭い教室内にいて、彼女の香りがしないのは、ぼくにとってほとんど苦痛だ。
いい香りがする人やものなんて、世の中にはほとんどありはしないのだということに、今更ながら気付かされる。おいしい食べ物の香りだって腹がはちきれそうにいっぱいなときには吐き気を催すほど嫌に感じるものだし、その他の、いい香りとされている香りも全て同じことだ。
強すぎる匂いにはなにひとつ、いいことなんてない。
本物の生の花の香り。最音さんの香りは、他人から漂ってくる香りの中でぼくが唯一、安らぎを感じられるものだった。
あの夜、ぼくに病気を告白したあと、彼女はこうも言った。
「気付いてた? わたしの体から、生花に似た香りがするでしょ。これも病気のせい。匂いが強くなればなるほど、病気は進行していて重い証拠なんだって。わたしの体の中で、根を張るみたいに病気が広がっていくの。その匂いなの」
とっておきの秘密を共有するときのようなきらきらとした表情だった。だけど彼女の両方の眼だけは泣いているように濡れていた。
「わたし、どうせ散るなら綺麗に咲いて散りたいな」
あの日から、ぼくはずっと夢を見ているような気がする。