いや、珍しくはないのかもしれない。いきなり変なことを言いだすのはもはや彼女の得意技でもあるのだ。
「写真撮るの? こんな普通の夜の空を? まあ、人が写真を撮るのを止める権利はぼくにはないし、勝手にしたら」
「わたしじゃなく、菊川くんが撮るんだよ」
「え、なんでぼくが?」
「こういうときは、男が撮るって決まってるの。しれっと写真撮って、これを君にも送りたいから連絡先教えてって言えばスマートじゃないかな」
またしても、彼女は意味のわからないことを言っている。
夜の河川敷は涼しかった。風の音が耳に心地いい。この河川敷をしばらく行けば、学校のそばのコンビニがあって、その道沿いのずっと先に彼女の家があるらしい。もちろんぼくは、行ったことも見たこともない。
「ほら、早くして。写真はちゃんと、綺麗に撮ってね。記念なんだから」
「はいはい、わかったよ」
ぼくは渋々、自転車を止めてポケットのスマホを取り出した。カメラを起動して、空に向ける。画面いっぱいに濃紺のドームが映し出されて、真ん中にへこんだ月がぽつんとある。ぼくはシャッターボタンを押して、その風景をカメラに閉じ込める。