あの日の放課後も、彼女は制服姿でうちの店にやってきた。
店内をぐるりと見回して、
「はあ、いい香り。わたしここに来ると、生き返る感じがするな」
彼女が両手を挙げ、うーんと言って伸びをする。
店に慣れてきたのか、人の家なのに彼女はずいぶん自由に振る舞っている。そしてぼくも、彼女が店にいるという状況に、なぜか慣れてきてしまっている。
店内は水替えの真っ最中。花で溢れかえり、コンクリートの床は水で濡れている。強い香りのするユリや、バラのアバランチェ。色とりどりのスイートピー。柔らかなラナンキュラス。
「そう言ってもらえると嬉しいわねえ。好きなだけ長居してってね」
母はそう言って笑う。本心で言っているということがわかる声のトーン。父も嬉しそうに笑っている。
「へへ、ありがとうございます。今日は少し暑かったから、お店が涼しくて天国みたい」
彼女の言ったとおり、外は久しぶりに日差しの強い日だった。
ぼくは洗ったバケツに新しい水を入れて運んでいたところだ。
彼女が、あー涼しい。とつぶやきながら、ぼくのそばに近づいてきた。
花屋の店内は基本的に年中涼しい。寒いといってもいいくらいだ。フラワーキーパーの外にある花でも傷まない温度に保つため、冬もほとんど暖房はつけないし、少しでも気温が上がる季節になると冷房でガンガン冷やす。
どちらかというと人間が花に合わせているのが花屋の店内で、冬場は保温性のあるインナーにブーツ、ダウンジャケットを着て仕事をするし、夏もなにかしら羽織るのがちょうどいいような温度。
「ああ、暑かった。ずっとここにいたいなー」
ぼくのすぐそばに彼女の体があり、長い髪と白い腕が楽しそうにゆらゆらと揺れている。