いったい、この香りのもとになっているのはなんなのだろう。
 例えば、彼女が生の花を山ほど抱えて歩いていれば、こんな香りがしても不思議はない。ぼくと同じ、実家が花屋? いや、彼女の親は医者だって噂だ。

 例えば花の香りを謳った香水やシャンプーを使うだけでは、偽物の花の香りはしても、こんな香りにはならないはずなのだ。
 ぼくがあと一歩のところまで近づくと、彼女はようやく振り向いた。

「おはよう。昨日はどうも」

 ぼくは言った。クラスの視線がぼくに集まっているのを、痛いほどに感じる。昨日の彼女とはまるで別人の、人形みたいに感情のない冷たい表情で、彼女は答える。

「どうも」

 あまりにそっけない彼女の返事にぼくはがっかりしてしまう。やっぱり昨日の彼女は幻かなにかだったのかもしれない。
 昨日のことが幻なのかもしくは、昨日の彼女は彼女にそっくりな、まったくの別人でないかを確かめるために、ぼくは言った。

「ブーケは、ちゃんと飾れた?」

 彼女は少しだけ考えるような顔をしてから、小さく頷いた。

「うん。おかげさまで、部屋が明るくなった。使ってないマグカップに飾ったの。すごく可愛い。スイートピー、香りもすごくいい」

 不覚にも、ぼくはまたしても喜んでいた。彼女の言葉が嬉しかったのだ。浮かれる気持ちを悟られないよう、冷静を装ってぼくは言った。

「それは、よかった」

 ぜひ、また来てほしい。両親も待っているから、と、喉の奥まで出かかっていたのにやはりそれは言えなかった。