「残念ねえ、ちょっとでいいから、友達か彼女になってもらえるように、頑張ってみなさいよ」
母に例えばぼくが彼女から平手打ちをされたことを話したらどうなるだろうと考えた。例えば彼女が、売られた喧嘩は必ず買うタイプだということや、女子数人に囲まれてもひるまないどころか相手に暇だのなんだのと言ってのけ、余計に相手を逆上させるような女の子だと知ったら。
ぼくはなんだかおかしくなって、ぷっと吹き出してしまう。
冷蔵庫から取り出しておいたバター。ぼくは丁寧にそれを焼けたパンの表面に塗る。バターの塗り方ひとつで朝のパンは格段にうまくなる。母のパンにはバターの上からこれまた商店街の和菓子屋から定期的に買っている小豆餡を塗りつける。あんバター食パンは母の定番の朝食だ。
「まあ、友達くらいならね。努力するよ」
ぼくは焼きたてのトーストを一口かじり、バターの味を堪能してから目玉焼きの黄身だけを取り、そのままパンの上に乗せる。なぜ黄身だけなのかというと、トーストの二枚目には白身だけを乗せるからだ。
「努力して、仲良くなって、早くまた連れてきて。私、あの子のこととっても素敵だと思うの。綺麗だし、笑顔が可愛いし品があって、今時いないわよ、あんなお嬢さん」
母が最音さんを褒めるたび、ぼくは笑いだしそうになるのを堪えていた。ぼくは二枚目のパンをトースターに乗せながら言った。
「品があって、か。確かにまあ美人だし、ぱっと見、立てば芍薬座れば牡丹って感じだけど。実際、よく見たら棘だらけだし、茎はぐねぐね曲がってるし、相当扱いにくいワイルドフラワーだと思うよ、あれは」
このとき、母に向かってでたらめにつぶやいた自分のセリフをぼくはこのあと、何度も実感することになる。
彼女と関わり始めてからのぼくの日々は、とびきり美しく、飛び抜けて扱いにくい花との格闘の日々になったのだ。