「ありがとうございます。必ずまた来ます」

 最音さんが言い、ぼくもつい、

「またのご来店をお待ちしております」

 と言ってしまう。花束を褒められて少し調子に乗っていたのかもしれない。
ぼくは、気が付くと笑っていた。
 花束を手に軽やかに歩く最音さんを見送りながら、フラワーキーパーの中にある鏡に映った自分の顔を見て驚く。
 ぼくはこんな顔で笑うのか。これがぼくの笑顔なら、学校でのぼくが作り笑いだと言われても無理はないと思った。

 翌朝、母とふたりで朝食の準備をしていると、父が仕入れでいないのをいいことに、調子に乗った母がぼくに言った。

「ねえ明日太、昨日は友達って言ってたけど、本当は彼女だったりして?」

 いい具合に黄身の固まりかけた目玉焼きをフライパンから皿に移しながら、母はやけに機嫌がいい。そんな母の期待を裏切るのは気が引けるものの、もちろん最音さんはぼくの彼女なんかではなかった。

「そんなわけないだろ」

 自分のグラスにコーヒー牛乳を注ぎながらぼくが答えると、母は心の底から残念そうに、そうよねえ、とひとり言のようにつぶやく。

「あんなに綺麗な子が、明日太の彼女なわけないか」

「自分の息子によくそんなこと言えるよな」

 トースターにふたり分の食パンをセットする。これも商店街のパン屋で買ったもの。小さい頃からこの食パンしか食べたことがないからこれが普通のパンなのだと思っていたが、偶然なにかで市販の食パンを食べる機会があり、それが嘘みたいに硬くて味がなく、ぼくはそのとき初めて、自分が毎朝食べているこの店の食パンがどれだけうまいかを知ったのだった。

「彼女になってくれる予定もないの? あんな子がうちの店にお嫁に来てくれたら、看板娘になってお客さんも増えそうなのに」

 母がしつこく聞いてくる。しかも今度は嫁ときた。妄想もたいがいにしてほしいとぼくは思ったが、つい出来心で彼女がエプロン姿で店に立っているところを想像してしまう。まるで映画かCMのヒロインだ。

「彼女にはならないし、もちろん嫁にも来ない。なんなら友達ですらないよ。なんで来たのかだってわかんないしさ」

 精いっぱいの平気な顔を装って答えたが、本当のところぼくはそのとき、彼女の行動についての疑問で頭がいっぱいだった。一番驚いたのはたぶん、母でも父でもなくぼくなのだ。

 昨日はうまくはぐらかされてしまったが、なんで店の場所を知っているのか、なぜわざわざぼくの家までたずねてきたのか。
 いつの間にか剛が彼女に話しかけていろいろとばらしていたというのも考えられなくはないが、剛の性格上、最音さんと喋った、仲良くなったなんてことがあれば話さずにはいられないだろう。

 彼女はぼくに『会いに来た』と言ったけれど、そんなのは嘘かでまかせに決まっている。
 結局、彼女はなにひとつ、ぼくの質問に答えてはいないのだ。

 パンが焼ける匂い。甘い、いつもの朝の匂いがぼくの鼻を満たしていく。