「噂どおり、すげー美人」
彼女の後ろ姿を見送りながら、ため息交じりの声で剛が言った。
ぼくはそれに、ああ、うん、と曖昧にをうつ。
「確かに、美人だったけどそれより、花の匂いがしなかった?」
「花?」
剛が「はあ?」という顔でぼくを見る。
剛は昔からよく、ぼくにこの顔をするのだが、剛は決してぼくを嫌いなわけじゃない。それはぼくが一番よく知っている。
「うん。彼女から、花の匂いがした」
ぼくが言うと、剛はまたかよと言って天を仰ぐ。
「変態かよ。嗅ぐな嗅ぐな」
「嗅いでない。勝手に匂ってきたんだ」
「同じようなもんだろ」
「好きでこんなに鼻がきくように生まれてきたんじゃない」
ぼくと剛、いつものお決まりのやり取り。
保育園に入る前から、ぼくはいつでもこの鼻のせいでいろんな人を傷つけ、嫌な気持ちにもさせてきた。
ある程度の年齢になると、自分が他の人とは違うのだということに気が付いて、人からなにかしらの香りを感じてもそれを口に出すのは控えるようになった。
普段我慢しているぶん、剛の前ではつい、心の声や本音がぽろっと出てしまう。
「いい匂いだった。すごく」
呆れて先を歩いていく剛に聞こえるか聞こえないかの声でぼくはつぶやいた。
これがぼくにとっての彼女との出会い。