2 彼女はワイルドフラワー
ぼくが彼女から平手打ちをくらい、彼女の見守り係として先生に任命されたあの日から、一週間以上が過ぎていた。
平手打ち事件はぼくが話すまでもなく、剛の耳にも入っていたが、そのあと最音さんが倒れた場面はぼく以外の誰も目撃していなかったらしい。
「明日太、お前、女王を庇ったらビンタくらったらしいな」
剛は嬉(うれ)しそうににやにや笑いながら言い、慰めているのかまるでぼくを英雄のように褒め称えた。
「勇気あるよなあ、マジで。まあ明日太らしいっていうか、天然っていうか。頑張ったよな、うん。明日太、お前は悪くないよ」
剛がぼくの背中をぽんぽんと叩く。
「気にすんなよな」
と言いつつも面白がっているのが感じられて、ぼくはやめろって、とその手を払った。
まだまだ制服のベストやカーディガンを必要とする肌寒い日の合間に、徐々に暖かい日や汗ばむような陽気の日が増え、最音さんは相変わらず、暖かい日には体育を休んだ。
あの日ぼくが平手打ちされたシーンを目撃した女子たちは、庇ったぼくに平手打ちをお見舞いしたという最音さんの話をさっそく、学年中にばらまいていた。
噂は噂を呼び、氷の女王の名と女王に平手打ちをされたぼくの名は、瞬く間に学年中に広まった。
不本意ではあるものの、ぼくが平手打ちをされたことで女王の強さが際立ったのだろうか、あれ以来、最音さんが女子に呼び出されるような事態は起こっていない。
ぼくにとってはビンタより、そのあとに彼女が倒れたことのほうが余程衝撃的だったのだが、彼女がそれを周囲に隠したがっているというのだから仕方ない。
あの強さの裏側にある弱さや儚さは、ぼく以外、誰も知らないのだ。