夜が明けて、不機嫌な光が差し込む部屋の中で、私は、父と母の遺影を見つめていた。結婚して、子供が二人いる兄は、とっくにこの実家から離れて東京で暮らしていた。今は、この家で暮らしているのは、私一人になってしまった。母の遺影を慈しむような微笑で私は、見つめていた。母の手によって私は、素晴らしい人生を送る事が出来た。
「もう、いいかい?母さん……」
 母の遺影を見つめながら、私は、何度かそう囁いて遺影をそっと机の引き出しの中にしまい込んだ。
「アカネ、ユキエ、すまない事をして申し訳ない……」
 私の右手には、鋭利な買ったばかりのナイフが握られていた。
「これで、やっと自由になれる……」
 首筋の動脈を何の迷いも無く切り裂いた私は、遠のいていく意識の中で、一瞬だけ夢を見たような感覚になった。自ら命を絶つ選択をした私を、母、アカネ、ユキエ三人の私の人生に於いて大事な存在だった女性達が、優しく微笑みながら私の方へ手を差し伸べてきた。
「もう、いいよ。こっちにおいで。楽になろうよ」
 アカネがそう言った。
「もうすぐ、私も同じ所に逝くよ」
 ユキエが、か細い声で、そう言った。
「よく頑張ったわね。あなたは、お母さんの自慢の息子ですよ」
 最後に母にそう言われて、私は、ようやく肩の荷が下りたような気がした。もう、ドーピングまでして勉強や試験や仕事に必死に追われることが、無くなるのだと。

 とても幸せな人生でした。

 母には、感謝しています。

 私は、最高の自分のまま、最高の人生を終える事にします。

「ありがとうございました」

 不機嫌だった朝の光が、機嫌を良くして眩しく部屋の中を煌びやかに照らす頃、私は、四十八年の人生に終止符を打った。

 今日も、明日もこれからも、ずっと人は、日々の営みを繰り返し、成長していくだろう。私が、自分のパソコンのワープロの文書に最後に書いたのは、こんな言葉だった。

「ドープ・アウト!」