母は、少し心配そうな顔をしてそう言ってきた。私は「ん?何を?」と聞き返すと母は、「今飲んでいる薬の事は、お母さんとあなただけの秘密にしておいて欲しいの。はしゃいで他の人に喋らないでいてほしいわ。約束してくれる?」
 私は、母のその言葉の意味が当時はよく分からなかった。今ならばよく分かる事だが……当時は、ただただ母の言う通りにすることにしなければならない気がして素直に頷いて母とその場で指切りをしたのを覚えている。


 施設の中で私は、特に誰と仲良くする事も無い生活を続けている。許可を得て一日二時間までの限定時間内で、この手記を施設内のパソコンを借りて書いている。ここに至るまでの過程を克明に記録しておこうと思ったからだ。施設の中では、突然泣き叫んだりする人や一日中ブツブツと独り言を言っている人、テレビの前から立ったまま夜九時の就寝時間まで動かない人など様々だった。私は、それらの人達を秘かに観察しながら、どこかで見下しながら自分よりも酷い状態の人間がいる事を頭の中に認識させて自分にとってのかろうじての生きる勇気の様なものを感じ取りながら日々を過ごしている。母に飲まされていた薬が良くも悪くも私の人生を大きく変えていった事だけは、確かだろう。私は、七月の初夏の空気を感じる事無く、再びパソコンに向かって書き始めた。


 母の言う通りに私は、飲んでいる薬の事を誰にも喋る事無く中学校生活を日々淡々とこなしていた。勉強の成績が上がった事で私は、自分の中に変な「自信」のようなものを身に付けていた。学校でのいじめは相変わらず続いていたが、以前のそれに比べると頻度や悪質さが軽減されていた。
「ミル君、最近変わったね!」
 ある日の放課後、帰り支度をしていた私にクラスメイトのアカネがそう言いながら笑顔で近寄ってきた。「ミル」は、ここでの私のニックネームだった。中学二年生の春頃の給食の時間、牛乳を飲んだ時に誤飲してしまい鼻から牛乳を軽く噴射させた事がその由来だ。
 アカネは、私が当時から得意としていた「人間観察術」によるとクラスの女子生徒の中でも群を抜いて目立った存在で勉強は、学年トップクラス、スポーツはテニス部に所属していてエースの様な存在。加えて非の打ちどころの無い美貌と明るい性格でクラスの、特に私を除いた男子生徒からは、マドンナの様な存在だった。