「コンサータというお薬よ。成分はリタリンと同じ塩酸メチルフェニデート。徐放剤で、マイルドな覚醒感が約十二時間持続するのよ」
 その言葉を聞いた私は、心の中で天使と悪魔が戦い始めたのを強く感じた。勝敗は、あっけなく決まった。
「飲んでみます」
 悪魔が、天使を打ちのめした。

 翌日から、私は、コンサータを毎朝一カプセル服用するようになった。母の言う通り、マイルドだが、心地良い覚醒感が得られ、その効果は、夕方まで持続した。夜寝る前には、デパスを三錠服用する事で、健やかな睡眠を得る事が出来た。コンサータが効いている日中は、全く眠気を感じずに様々な作業をテキパキと確実にこなすことが、出来た。
 リタリンの様な短い間隔での薬効の切れ目が無いので、乱用には繋がらない感じがした。

 半年後、私は、千葉市の弁護士事務所で弁護士として精力的に働いていた。扱う案件に於いて、私の弁護士としての仕事は、完璧に近く、報酬もかなりの金額を稼げるようになっていた。勿論、それは、コンサータの力が大きかっただろう。結局私は、再び母の思うがままに「飼育」される生活に戻ってしまった。仕事が忙しくて残業のある日は、夕方以降に、もう一カプセルコンサータを服用する事で深夜まで高い集中力と意欲を持続させることが出来た。

 私は、再び薬の力を借りて、高い社会的地位と誰にも恥じることない経済力を身に纏い、現実社会の中でエリートと呼ばれる類の人間になった。時々、自らの半生を振り返ると、必ずそこには、母の存在が有り、薬の存在が大きなウエイトを占めていた。中学生から始まった「ドーピング」による学力向上は、今の私の原点でもある。その間に数多くの物や人を失った気がしたが、それ以上に得られた物の価値が、前者を大きく上回り、今の私を満足させている。

 
 その後、私は、特に問題なくエリート街道を登っていき、弁護士として人生の成功を掴み取る事が出来た。結婚は、出来なかったが、それなりの恋愛も経験した。私が、四十七歳の時に、母が、この世を去った。その半年後に、父も母の後を追うようにこの世を去った。二つ年上の兄は、IT系のエリート社員として何不自由なく生活していた。