施設から実家に戻った私は、自らの半生を綴った手記の続きを自分の部屋のパソコンを使って書き続けていた。もう、欲しくても手に入らないリタリンの事は、割と早く諦めがついたし、それが自分にとって真人間に戻る唯一の方法だったはずだ。

 母が、私の部屋に入ってきて恐ろしい話をし始めたのは、私が実家に戻ってから一週間が過ぎた頃だった。
「せっかく、弁護士になれたのだから法律の仕事を続けなさい」
 母から言われた言葉に私は、少しうんざりしながら答えていた。
「もう、無理だよ。全てクスリの力を借りていただけだったんだ。俺は、もうクスリは、やらないよ」
「リタリンが使えないなら、他のクスリを使えばいいのよ」
「それだって、一時期からベタナミンに切り替えたけど、リタリンに比べたら全然弱かったし、覚醒感が足りなかったよ」
「お母さんに、任せておきなさい。あなたは、私の言う通りにしていれば全てうまくいくの。明日、精神科に一緒に行きましょうね」
 この時私は、母がベタナミンのようなリタリンに似たクスリを再び私の「飼育」の為に医師に処方させるのだと思っていた。もう、私自身、クスリはこりごりだった。アカネの死。そしてユキエは、結局リタリンの乱用を止められずに精神が完全に崩壊して、今現在も閉鎖病棟で廃人のようになって、閉ざされた世界の中でだけ、かろうじて生存している状態だった。
「母さん、もういいんだ。本当に。これ以上色々な物を失いたくないんだ……」
 母は、少し笑いながら私を見つめて「大丈夫、心配しないで」と言い切った。

 翌日、母と私は、地元の精神科を訪ねた。中学生の頃から、ここでリタリンを処方されていた。診察の時間になった時、医師と母は、示し合わせたように「あるクスリ」を私に勧めてきた。
「恐らく、お母さんの話を聞く限り、あなたは、発達障害でしょう。良い治療薬が有りますから、騙されたと思って飲んでみてください」
 医師は、何故か私をADHD=大人の発達障害と診断して、処方箋を書き始めた。
「ちょっと待ってください。どんな薬でどんな副作用があるのか?説明も無しに処方するのは、危険ではないですか?」
 私は、私なりに必死で食い下がってワケの分からぬクスリの処方を止めさせようとした。
話を聞いていた母は、静かに私に向かって語りだした。