ユキエと最初にセックスをした日、とても蒸し暑い真夏の西日が強く差し込む私のアパートの部屋で、アカネと中学時代に行った時と同じように、クスリをお互いに服用しながら普通の状態で行う「それ」とは、比べものにならない強烈な快感をお互いに感じ合いながら、フィニッシュのオルガスムスの時には、まるで稲妻が全身を迸るかのような恐怖感さえ抱いてしまう快感にユキエも私も完全に昇天してしまった。その頃には、母から送られてくる簡易書留の中の薬だけでは、量が足りなくなっていて、ユキエと私は、二人でそれぞれ違う精神科からリタリンとトフラニールを処方してもらって勉強や試験の時以外に、セックスの儀式としてクスリをお互いに服用して、覚せい状態のまま行為に明け暮れた。

 母の管理から逃れた私は、水を得た魚のようにリタリンを始めとするアッパー系の薬物を乱用するようになっていった。それらは、ちょっとした芝居をする事だけで多くの当時の精神科医を騙す事に成功して、保険を使って安価に危険なクスリを入手する事が出来た。

 ユキエもまた、リタリンを始めとするクスリの虜になり、私とほぼ同じ使用方法で勉強と試験、セックスの時だけ使う方針から脱線して何か物足りない時や、バイトの面接時や採用されたバイトの仕事前などの日常生活の中で集中力やエネルギーを必要とする場面場面で、クスリに頼りきる状態に陥っていった。

 メインのクスリだったリタリンは、以前試していた粉末状にする為のミルサーを購入して、そこにアッパー系の抗うつ剤のトフラニールやイライラや不安感が出ない様に強烈なマイナートランキライザーであるデパスを独自にブレンドしたオリジナルドラッグを作成して、小さなビニールの袋に詰めて短く切ったストローを常備した。オリジナルブレンドの粉末状のドラッグは、ストローで鼻から吸引したり、タバコの先に詰め込んで、火を点けて吸うとニコチンの薬効とドラッグの薬効が絶妙に絡みあって、気が付くと一晩で医者からもらったクスリ達は、無くなっていく事も珍しくなかった。

 クスリが切れてしまうと、私とユキエは、精神科を梯子するようになり、リタリンが一日三錠までしか出せない決まりの中、二人合わせて七カ所の精神科から一日二十一錠、母から送られてくるモノを入れるとリタリンだけで一日二十四錠を二人で毎日使い切っていた。、