「あなたが、ここで書いた手記をプリントアウトしておきました。失礼ながら、内容は、一応チェックさせていただきました。特に問題ありません。ここまで本当によく頑張りましたね」
 私は、その書類を受け取って施設長に深々と頭を下げて、これからの社会復帰への不安など全く考えずに、ただ、嬉しさでいっぱいになり、気分の高揚感を必死で抑え込んでいた。


 大学生になった私は、法学部の法律科で日々、勉強に明け暮れて充実した毎日を送っていた。実家のある千葉市から東京の八王子市に引越してアパートを借りて人生初の一人暮らしを始めた。毎日必要になるリタリン等のクスリ達は、母が郵送で送ってくれていた。
「二週間分の薬を定期的に欠かさず送ります。必ずお母さんが、与えていた通りに服用してください」
 郵送されてきた簡易書留の中には、必ず薬の他に母の手紙と、生活費としての仕送り金が入っていた。私は、送られてきた物を大切に勉強机の引き出しの奥の方にしまって、外出から戻った時には、必ずそれらが盗まれたり、紛失したりしていないか確認するのが何故か分からないけど、楽しみだった。

 ユキエと出会ったのは、キャンパス内の図書館だった。眼鏡をかけていて、小柄で華奢な体型と清楚な雰囲気が、初めて見た時から私のこの大学内での目の保養となり、最初は、少し離れた所から本を読んでいる振りをして彼女を眺めていたが、次第に気持ちが強くなっていき、入学してから二カ月程度で私は、母との約束を破る事になる。

 ユキエへの気持ちが、どうにも抑えきれなくなった私は、彼女に告白する決意を固めた。しかし、元来気の小さすぎる私が、いきなり女の子に声をかける勇気など到底持ち合わせておらず、数日間悩んだ挙句、禁断の手段を使う事に意思が固まった。

 私は、その日は、朝から何も食べずに胃の中を常に空腹状態にしていた。大体、ユキエが図書館に居る時間帯を下調べしていた抜かりの無い私は、その時間の三十分前にスポーツドリンクでリタリンとトフラニールを二錠ずつ服用して、その時が来るのを待った。
 三十分過ぎた辺りから、何やら表現しにくい気分の高揚感と深海魚が海面まで上がってくるかの如し急激なテンションの上がり方で、大人しい日本人の青年から、陽気なラテン系の女好きイタリア人に変身した私は、軽々しいノリで彼女に声をかけた。