「…怜央」
ほとんどが空気で、消えそうな声で名前を呼ぶ。もう来ないと分かっていて、こんなところに来てしまう私は、まだまだ弱い。
怜央との約束を守りたかった。本当は、ふたりだけの約束だって笑いながら指切りをしたかった。
でもごめんね。そんなことは私には出来ない。人間的な悪には全て触れてきた私。正確に言うと、触れさせられた、私。君はそういうの、全部知らないんだろうな。辛いとかじゃないの。死にたい訳でもないの。生きてる、生きてるけど、もう息をしたくないの。しゅって、水に濡れた綿あめみたいに、消えてなくなってしまいたいの。
君と約束してしまえば、消えられないでしょ。私は弱いから、約束に頼ってしまうの。それじゃ辛くないようにしてくれた約束で私が辛くなってしまう。君はそんなの望んでないから、約束しなかったんだよ。

この柵から身を投げれば、もちろん簡単に消えてなくなれる。でももしかしたら君が来るかもしれないからって、こんなにおめかしして待ってるんだけど。来ないのにね。もう繋がらない電話番号を眺めては辺りを見回して探してしまう。
でももうこんな曖昧な時間、終わりにするね。


柵に手をかけ、ふっと足を宙に舞わせる。
彼女は笑顔で、それはまるでシンデレラが舞踏会で踊っているかのような、可憐で上品で、それでいて憂いげだった。
僕は、遅れたのだ。
いつもそうだ。何をするにも、僕は手遅れなんだ。もっと素直になれれば良かった。あのとき、もっと素直に好きだって言っていればよかった。恥なんて、さっさと捨て去っていれば、きっと彼女もこんな汚い場所に来なかった。彼女はここが綺麗だと言った。本当に綺麗だと思っている場所で彼女はきっと死なない。
ここでの思い出はきっと彼女にとって、大きな枷になっていたんだろう。それも、僕のせいか。初めてふたりで遊びに来た時、彼女の告白を断って1週間後。
思わせぶりなことは沢山した。恥に負けて断ってしまったのが申し訳なくて、せめて少しでも、僕を好きでいて欲しかった。
もしかしたら、僕が君好きかもしれない。と彼女はずっと思ってくれていたのか。そのせいで、彼女は前に進めなかったのか。

僕は彼女の腕を掴むふりをして、彼女を抱きしめた。好きだよと、小さな声で言うと、君はえへへって笑った。

きっと、これでよかった。ふたりで、最期を。