つまりは憂鬱、つまりはセンチメンタル、つまりはメランコリック。
そんな感覚だけで生きてきた秋が今年もまたやってきた。
君と一緒に塾から帰ることも、目が合って手を振ることも、大きな声で名前を呼ばれることも、無い。
好きだと何回言ったのだろう。そして何度断ったのだろう。ヤケクソという言葉がこれ程にまで似合う恋を自分は知らない。


高校2年生で初めて出会った。
心を読ませてくれない、でも何か隠しているわけでもなくて、嘘をついて自分を作っているわけでも無い。底抜けの明るさなのに、顔が笑っていないように見えた。「あなたはだぁれ」と幼い子のように聞いてしまいそうになるほど幼稚でいたのに、言動ひとつひとつの重みは、まるで大人そのものであった。きっとごまんといる大人よりも重苦しかった。

授業中はいつも綿あめよりもふわふわしていて眠そうにしているからつい自分も、って一緒に寝てしまったこともあった。君は聞こえないくらい小さな声で「後でノート見せてくれる人が寝ててどうするんだよぉ…」と、あくび混じりにはにかみながら笑われた。「ごめんね。後で先生に一緒に怒られようね。」小さな子に話しかけるような猫撫で声でそっと君の肩をさすると、ニコッと笑って照れていた。気がした。

あれは合唱コンクールの日だっけ。
君は仕方なく指揮者をしていた。そのうえ、歌を習っているからってみんなに歌を教える係まで兼任して。みんなに教えてまわってたけど、自分の番が来た時だけ「みんなに教えてない、もっと簡単な方法教えてあげるよ。」って丁寧に教えてくれた。
もしかして、好き、かなって、思ってた。

そうだ。体育大会の日も修学旅行の日も、君は来た。「なぁ!写真撮ろう!」いちばん元気だった。正直恥ずかしくて断ろうかと思ったけど、君の太陽のようなはずなのに、カンテラの光のような笑顔に負けた。
なんでこんな笑顔が出来るんだ。
「カメラさんに撮ってもらおうよ!」
はしゃぐ君と冷やかす周り。きっと君は精一杯だったんだろうな。
撮り終わったあとも顔を赤くして目をじっくり合わせてから「ありがとうっ!じゃあ!」ってすぐどこかに行ったと思えば君の友達に「撮れたよ!!」って全力で報告してる。恥ずかしいからやめてって、言えなかった。


あぁ。こんな幸せな前置きはどうでも良くて、もっと、現実を見なければいけないのに。
君は死んだわけじゃない。分かってるけど。

後にも先にもあれが最後だった君からの電話。
いきなり電話がなって、もしもしって出たら「なぁ、もう、死にたいなぁ」って。
涙は見えないけど、きっと誰よりも黒くて汚れた涙だったにちがいない。
どうしようも無くなった。生きてとも言えずに、絞り出した言葉は「…死なないで。周りに…迷惑だから…死ぬなって」これ以外は何も出てこなかった。
そのあとも、君は泣いて今まで試した消えてなくなる方法を何度も何度も話してくれた。
そして最後には「でもね、やっぱり死のうとした直前に、君の顔が浮かぶんだよ。電話なんかしたら迷惑に決まってるけど、どうしても、君がいる世界では死ねないんだよ。君はいつも冷たいから今日も電話切って…電話出てくれないと思ってた。もう、出てくれなければ、笑って死ねたのになぁっ。えへへ、いつも君はタイミングが良いね。」
君は笑ってた。太陽でもカンテラの光でもない。あんなのはもう、切れかけた蛍光灯と一緒だ。
「…死なないで。約束だから、頼むから、次しんどくなったらいつでも電話してくれていいから。死ぬ場所、考えてるくらいなら電話してよ。お願い、約束だから。」
「どうかなっ…考えとくね」
また、笑ってる。
そっか、君はできない約束はしないんだったね。