「アレテーって何だろうか」
ふとノートを取る手を止めて、北見が言った。唐突な言葉を不審に思うものの、先ほどまで動いていた手元に視線を落としてああ、と気づく。
『アレテー … 徳。プラトンが唱えた』
簡潔に書かれたノート。同じ大きさできっちり書かれた文字が、まるで北見のようだと、いつも考える。
所々大事そうな言葉がオレンジ色で書かれているのは、あの赤いシートで隠して暗記するためだろうか。
友達が、赤色のペンだと綺麗に隠れないのだと愚痴っていた言葉が頭をよぎる。
「ハサミのアレテーはよく切れることらしいけど」
「じゃあ人間のアレテーは?」
放課後の西日が眩しい教室で、動きの止まったシャーペンを見つめながら至極真面目な表情で北見が問うてくる。
これは今に始まったことじゃなかった。
この数式はなぜここで展開をするのか。
この熟語はなぜこんな構造なのか。
この英単語は、文法は、法律は、化学反応は。
私だったら疑問に思わずただ流して、覚えて、忘れてを繰り返す事象にさえ、なぜなのだろうかと、北見はよく独り言のように呟いた。
そんな彼のことを、周囲は面倒臭いと笑うけれども、私はそんな彼が愛おしいと思う。
ソクラテスは、「無知の知」を唱えた。正確には「不知の自覚」であったらしい。北見から聞いた。
真の知へのスタートラインに立つには、まずは自分が何も知らないと自覚すること。
物覚えの悪い私に、噛み砕くように彼は教えてくれたのだけれど、それでも難しくてよく分からなかった。
正直私は、自分が無知でもいい。生きていければ。
ふとノートを取る手を止めて、北見が言った。唐突な言葉を不審に思うものの、先ほどまで動いていた手元に視線を落としてああ、と気づく。
『アレテー … 徳。プラトンが唱えた』
簡潔に書かれたノート。同じ大きさできっちり書かれた文字が、まるで北見のようだと、いつも考える。
所々大事そうな言葉がオレンジ色で書かれているのは、あの赤いシートで隠して暗記するためだろうか。
友達が、赤色のペンだと綺麗に隠れないのだと愚痴っていた言葉が頭をよぎる。
「ハサミのアレテーはよく切れることらしいけど」
「じゃあ人間のアレテーは?」
放課後の西日が眩しい教室で、動きの止まったシャーペンを見つめながら至極真面目な表情で北見が問うてくる。
これは今に始まったことじゃなかった。
この数式はなぜここで展開をするのか。
この熟語はなぜこんな構造なのか。
この英単語は、文法は、法律は、化学反応は。
私だったら疑問に思わずただ流して、覚えて、忘れてを繰り返す事象にさえ、なぜなのだろうかと、北見はよく独り言のように呟いた。
そんな彼のことを、周囲は面倒臭いと笑うけれども、私はそんな彼が愛おしいと思う。
ソクラテスは、「無知の知」を唱えた。正確には「不知の自覚」であったらしい。北見から聞いた。
真の知へのスタートラインに立つには、まずは自分が何も知らないと自覚すること。
物覚えの悪い私に、噛み砕くように彼は教えてくれたのだけれど、それでも難しくてよく分からなかった。
正直私は、自分が無知でもいい。生きていければ。