自立する赤いモップが、買った抱き枕を
大事そうに抱えて歩いています。
ビビはアンの買い物に付き合わされていました。
「疲れたぁ。」
ひとつの抱き枕を買うのに、
1時間もかかるこだわりようです。
これで夜の安寧を得られると思えば、
ビビは大事な任務だと自分を説得します。
家に着くなり玄関で力尽きて横になると、
ビビをマネてアンも横になります。
アンが買ってきた枕を押し付けます。
「これいる?」
「いらない。」
「今日は川行かないのか?」
昨日、水切りに夢中になっていたビビが
言っていたことをアンが催促します。
「いいよ、もう。どうせ飛ばないし。」
ビビは不貞腐れています。
「あの川下ったら
もしかして海に行けるか?」
「海?」
「見たことあるか?」
「海水浴なら昔、何度か行ったけど…。」
それを聞いてアンは目を輝かせます。
「わがはい、ちょっと行ってくる。」
「まって、まって。なに考えてんの。」
「地球の調査だ。
地球の70%は海だぞ?
使者として使命を果たさねばなるまい。」
「ちょっとおつかい行くみたいに言うな。
歩いていける距離にはないって。
それに行き方わかるの?」
興奮して鼻息を荒くするアンをビビは諭します。
「…歩いてダメなら自転車か?」
「自転車でも無理。
いま調べるから待ってて。」
アンをひとりで行かせる訳にもいかず、
ビビは一緒に電車で行くことにしました。
「電車乗ったことある?」
「地球に来たときあるぞ。」
「そう…。
宇宙人なのに電車乗ったことあるんだ。」
ビビは深く考えずに、返事をしました。
近所の地下鉄駅から
路線を3つほど乗り換えて1時間。
小さな無人駅に降りて、西に数分歩けば
ようやく海水浴場にたどり着きました。
「これ、本当に海か?」
初めて見る海にアンは半信半疑です。
湾になった海で水平線は見えず、
遠くには薄く山が見えます。
誰もが想像する透き通るような水色の海ではなく、
この海は濁ったように深く暗い緑に近い青色です。
「変なにおいだ。」
「潮のにおいだよ。」
「ビビはわがはいをだましてる?」
「だましてない。」
4月の海水浴場に泳ぐ人はいません。
風は強く、沖には白波が見えます。
閑散期のために堤防で釣りをする人影と、
イヌを散歩する近隣住民の姿しかありません。
「ここら辺の海はだいたいこんなミドリだよ。」
昼過ぎにも関わらず天気はやや曇っているので、
海は余計に暗い色に見えます。
ガッカリとしたアンの見て、
ビビは胸中で同意してうなずきます。
――想像と現実は全然ちがうんだよね。
現実のゾウやクジラは想像のように空を飛ばず、
想像の中でお姫様になって華やかなドレスを
着飾っても、学校に通う現実は変わりません。
「ウチの近くの川から、
こっちの方まで流れてくるんだよ。」
「石が集まるのか?」
「集まらないと思うよ。もう砂になってる。」
中流の川の丸い石は、転がり砕けて削られて、
海に流れ着くころには小さな砂粒へと
変わってしまいます。
ビビは靴の上から土混じりの柔らかな
砂浜を踏む感触を楽しみます。
子供だけでこんなところに来たのは
初めてのことなので、少し興奮していました。
アンは砂浜に見つけたなにかを拾い上げます。
「ビビ、これ見て。
エメラルドだ。」
「それガラスだよ。
シーグラスっていう。」
緑色のカドの取れたガラスの片鱗でした。
「ガラス…?」
それを聞いて心底がっかりしていたので、
ビビはひとつの石を見つけてアンに渡しました。
「いいのあったよ。」
「これもガラス? ひょっとしてルビー?」
「ルビーはこんなんじゃないよ。
これはメノウってやつ。」
アメ色の石を手にして、
雲間からのぞく光に当てると
ほのかに透明感がありました。
「アンにぴったりでしょ。」
「…うん。いい。
これ気に入った。
こっちビビにあげる。」
「自分が要らないからって渡さないでよ。」
「ビビはいろいろ詳しいな。」
「むかしお父さんに教わったんだよ。」
「パパさん。どこいる?」
「知らない!」
ビビは渡されたシーグラスを海に投げ捨てました。
「おぅ…。
わがはい、ビビにがっかりさせることがある。」
「がっかり?」
「ビビ、実は…わがはいのパパは、
火星人じゃなくて、地球人だった。」
赤いモップが突然、深刻な顔を見せます。
宇宙人なのに地球人の父親がいるアン。
「お母さんは?」
「ママは月生まれで、
わがはいは真の宇宙人ではないのだ。
かなしい。」
「ハーフってこと?
悲しむポイントがよくわかんないけど、
それ…コンプレックスなの?」
――宇宙人には血統の優劣があるのかな。
ビビはそんな妄想を膨らませました。
「あたしから見たら立派な宇宙人だよ。
いや、立派かどうかはわかんないや。
毛がぼーぼーだし。」
「ビビはぼーぼーにしないのか?」
「しない。」
「しないのか。」
「でも、大人になったら少しは伸ばすかもね。」
ビビの肩透かしの反応に、アンは首をかしげます。
「もうちょっと後なら潮干狩りもできたのかな。」
「しおひがりとは? 狩り? 狩猟?」
「海の水が引いた時に砂を掘って
アサリとかシジミとかの
二枚貝を探すんだよ。こんなの。」
中身のない貝殻を2枚拾って、
上下に合わせましたが大きさは不揃いでした。
「うーむ。コレクト・シェルズ?」
「砂をはかせてから料理するんだよ。
おじいちゃんが料理上手くて、
なにか作ってくれるんだ。」
「美味しいのはだいたい地球にあるな。」
「そいえば地球を調査する使者か。」
「そうだ。ビビ、お腹空いてきた。」
「あたしも。やることないし帰ろっか。」
海水浴場には1時間も経たずに離れ、
乗り込んだ電車で疲れた足を伸ばします。
小さな旅の緊張から目を閉じたビビが
もたれかかったアンの毛に埋まると、
家族で海水浴に出かけたときのような
懐かしい潮風のにおいに包まれました。
大事そうに抱えて歩いています。
ビビはアンの買い物に付き合わされていました。
「疲れたぁ。」
ひとつの抱き枕を買うのに、
1時間もかかるこだわりようです。
これで夜の安寧を得られると思えば、
ビビは大事な任務だと自分を説得します。
家に着くなり玄関で力尽きて横になると、
ビビをマネてアンも横になります。
アンが買ってきた枕を押し付けます。
「これいる?」
「いらない。」
「今日は川行かないのか?」
昨日、水切りに夢中になっていたビビが
言っていたことをアンが催促します。
「いいよ、もう。どうせ飛ばないし。」
ビビは不貞腐れています。
「あの川下ったら
もしかして海に行けるか?」
「海?」
「見たことあるか?」
「海水浴なら昔、何度か行ったけど…。」
それを聞いてアンは目を輝かせます。
「わがはい、ちょっと行ってくる。」
「まって、まって。なに考えてんの。」
「地球の調査だ。
地球の70%は海だぞ?
使者として使命を果たさねばなるまい。」
「ちょっとおつかい行くみたいに言うな。
歩いていける距離にはないって。
それに行き方わかるの?」
興奮して鼻息を荒くするアンをビビは諭します。
「…歩いてダメなら自転車か?」
「自転車でも無理。
いま調べるから待ってて。」
アンをひとりで行かせる訳にもいかず、
ビビは一緒に電車で行くことにしました。
「電車乗ったことある?」
「地球に来たときあるぞ。」
「そう…。
宇宙人なのに電車乗ったことあるんだ。」
ビビは深く考えずに、返事をしました。
近所の地下鉄駅から
路線を3つほど乗り換えて1時間。
小さな無人駅に降りて、西に数分歩けば
ようやく海水浴場にたどり着きました。
「これ、本当に海か?」
初めて見る海にアンは半信半疑です。
湾になった海で水平線は見えず、
遠くには薄く山が見えます。
誰もが想像する透き通るような水色の海ではなく、
この海は濁ったように深く暗い緑に近い青色です。
「変なにおいだ。」
「潮のにおいだよ。」
「ビビはわがはいをだましてる?」
「だましてない。」
4月の海水浴場に泳ぐ人はいません。
風は強く、沖には白波が見えます。
閑散期のために堤防で釣りをする人影と、
イヌを散歩する近隣住民の姿しかありません。
「ここら辺の海はだいたいこんなミドリだよ。」
昼過ぎにも関わらず天気はやや曇っているので、
海は余計に暗い色に見えます。
ガッカリとしたアンの見て、
ビビは胸中で同意してうなずきます。
――想像と現実は全然ちがうんだよね。
現実のゾウやクジラは想像のように空を飛ばず、
想像の中でお姫様になって華やかなドレスを
着飾っても、学校に通う現実は変わりません。
「ウチの近くの川から、
こっちの方まで流れてくるんだよ。」
「石が集まるのか?」
「集まらないと思うよ。もう砂になってる。」
中流の川の丸い石は、転がり砕けて削られて、
海に流れ着くころには小さな砂粒へと
変わってしまいます。
ビビは靴の上から土混じりの柔らかな
砂浜を踏む感触を楽しみます。
子供だけでこんなところに来たのは
初めてのことなので、少し興奮していました。
アンは砂浜に見つけたなにかを拾い上げます。
「ビビ、これ見て。
エメラルドだ。」
「それガラスだよ。
シーグラスっていう。」
緑色のカドの取れたガラスの片鱗でした。
「ガラス…?」
それを聞いて心底がっかりしていたので、
ビビはひとつの石を見つけてアンに渡しました。
「いいのあったよ。」
「これもガラス? ひょっとしてルビー?」
「ルビーはこんなんじゃないよ。
これはメノウってやつ。」
アメ色の石を手にして、
雲間からのぞく光に当てると
ほのかに透明感がありました。
「アンにぴったりでしょ。」
「…うん。いい。
これ気に入った。
こっちビビにあげる。」
「自分が要らないからって渡さないでよ。」
「ビビはいろいろ詳しいな。」
「むかしお父さんに教わったんだよ。」
「パパさん。どこいる?」
「知らない!」
ビビは渡されたシーグラスを海に投げ捨てました。
「おぅ…。
わがはい、ビビにがっかりさせることがある。」
「がっかり?」
「ビビ、実は…わがはいのパパは、
火星人じゃなくて、地球人だった。」
赤いモップが突然、深刻な顔を見せます。
宇宙人なのに地球人の父親がいるアン。
「お母さんは?」
「ママは月生まれで、
わがはいは真の宇宙人ではないのだ。
かなしい。」
「ハーフってこと?
悲しむポイントがよくわかんないけど、
それ…コンプレックスなの?」
――宇宙人には血統の優劣があるのかな。
ビビはそんな妄想を膨らませました。
「あたしから見たら立派な宇宙人だよ。
いや、立派かどうかはわかんないや。
毛がぼーぼーだし。」
「ビビはぼーぼーにしないのか?」
「しない。」
「しないのか。」
「でも、大人になったら少しは伸ばすかもね。」
ビビの肩透かしの反応に、アンは首をかしげます。
「もうちょっと後なら潮干狩りもできたのかな。」
「しおひがりとは? 狩り? 狩猟?」
「海の水が引いた時に砂を掘って
アサリとかシジミとかの
二枚貝を探すんだよ。こんなの。」
中身のない貝殻を2枚拾って、
上下に合わせましたが大きさは不揃いでした。
「うーむ。コレクト・シェルズ?」
「砂をはかせてから料理するんだよ。
おじいちゃんが料理上手くて、
なにか作ってくれるんだ。」
「美味しいのはだいたい地球にあるな。」
「そいえば地球を調査する使者か。」
「そうだ。ビビ、お腹空いてきた。」
「あたしも。やることないし帰ろっか。」
海水浴場には1時間も経たずに離れ、
乗り込んだ電車で疲れた足を伸ばします。
小さな旅の緊張から目を閉じたビビが
もたれかかったアンの毛に埋まると、
家族で海水浴に出かけたときのような
懐かしい潮風のにおいに包まれました。