食卓にはビビと母のティナ、
姉のエリカのいつもの3人に加え、
赤い毛むくじゃらが一緒にカレーを食べました。

スパイスの刺激的なにおいに慣れていないアンは、
目を見開いて見た目をまず疑い、
鼻に深いシワを寄せます。

しかしスプーンを口に運ぶと
気に入った様子でおかわりもし、
食卓の新たなメンバーに
久々に賑やかな夕食になりました。

「これがビビの部屋。」

食後、アンがビビの部屋を訪れました。

「なにー? ノックぐらいしてよ。」

ビビはベッドで横になって本を読んでいます。

「なにしてる?」

「なにって、読書だよ。」

ビビの部屋を見渡すアン。
なにかを探している様子です。

「石はないのか?」

「ないよ。」

「ないか。エーちゃんもないって。」

「そりゃ、ないでしょ。言ったじゃん。」

ビビにも姉のエリカにも
部屋に石を飾る風習はありません。

「おやすみ。」

「え? おやすみ…。」

なにを求めるわけでもなく、
アンは屋根裏の自分の部屋に戻っていきました。

「なんだったの…?」

ビビは扉を見て首をかしげます。

それは土曜日の夜のことです。
寝ていたビビは寝苦しさを覚えました。

唇に毛が触れ、寝ぼけ頭のまま
舌を出して追い出そうとすると
さらに大量の毛が口にからみつきます。

「うぇ…。」

ビビが目をさまして口元を見ると、
大量の赤い毛に包まれていました。

「なんだ…アンか…。」

ビビはベッドの中にもぐり込んだ
アンの長い腕と足に挟まれています。

「いや、なんであたしの布団にいるの?」

頬を軽く叩いても起きる気配はありません。

身を翻して目を閉じて、再び寝ようと試みますが、
身体はアンの手足に挟まれ、ベッドの狭苦しさに
どうしても寝付けません。

ビビはアンの拘束を逃れ、
ベッドからはい出たものの
薄い毛布を持って立ち尽くします。

「屋根裏部屋はやだなぁ…。」

アンのベッドと入れ替わる気にもならず、
1階に降りて、リビングのソファの背もたれを
倒してフラットベッドに変形させます。

4月であっても毛布1枚ではまだ寒く、
頭までおおってビビは小さな身体を
さらに小さく丸めます。

目を閉じてしばらくすると、
浅い眠りが何度か訪れましたが、
寒さに身震いを繰り返して眠れません。

いまさらソファで寝るのをやめ、
自分のベッドに戻る気も湧かず、
寝返りを繰り返しました。

やがて背中にじんわりと暖かさを感じ、
ビビは深い眠りにつきます。

朝日がリビングの薄いカーテンを抜け、
ビビの顔に差し込みます。

布団の中の暑さに手足を伸ばし、
まぶたを開くと姉エリカの顔がありました。

エリカは大きなカメラでビビの顔を撮影します。

「なにしてるのー。」

「ビビこそなにしてるの。こんなとこで寝て。」

「えー? あたしの部屋…。」

寝ぼけ頭のまま、自分が今どこで
なにをしているのか考え直しました。

オーブントースターのベルが鳴り、
パンの焼けた香ばしいにおいが
ビビの鼻孔をくすぐります。

「おはよう、ビビ。エーちゃん。」

リビングのソファで寝ていたビビの隣には、
アンが横になっていたのです。

「おはよう。アンちゃん。」

「なにしてるの…アン?」

「ビビこそ。どうしてこんなとこで寝てる?」

「どうして…って
 アンがあたしの布団に入ってきて、
 追い出されたからだよ。」

「それならわがはいのベッド行けば解決だ。」

「アンがそれ言うの?」

ソファを元の形に戻して、
毛布をたたみます。

「アンちゃん、それはね。
 ビビは屋根裏部屋が苦手なのよ。
 むかし、オバケ出るって。」

「オバケ? わがはい興味ある。
 ビビは見たことある?」

「そんなことより!
 なんであたしのベッドに入ってきたの。」

ビビは耳を朱に染めて話をそらしました。

「マクラ…。」

「枕?」

「そう、ビビの大きさは
 抱き枕にちょうどよかった。」

それが、アンが寝る前に本を読んでいた
ビビの部屋に来た本当の理由だったのです。

横で聞いたエリカが大笑いしました。