図工室の黒板に書かれた
『将来』という文字を見て、
ビビは手元の真っ白な画用紙と向き合います。

土曜日の3・4限は授業は図工の時間ですが、
ビビにはテーマに対してなにも描きたいものが
思い浮かびません。

隣のスーを見ると、習字道具を持ち込み、
半紙に淡墨で花などの植物を描いています。

そして描いたものを
乾いた順に切り取り画用紙に貼り合わせて、
コラージュした作品を組み上げています。

ビビはそれを感心して眺めるばかりです。

アクタはといえば、机の上に
サッカーボールを置いてデッサンしています。

画材は絵の具や画用紙だけではなく、
版画や彫刻に取り組む生徒もいて
比較的に自由な時間ですが、
その自由さがビビを困らせます。

アンは画用紙に黄色のマスキングテープを貼り、
四角の外側を薄い水色で塗っていきます。

「なにそれ。」

「地球。」

「地球?」

「地球は青いからな。
 ビビは? 白いから、ごはんか?」

「違う。白米じゃないって。
 将来って言われても、分からないんだよね。」

「ビビでも分からないことあるんだな。
 それじゃ、今日の昼ごはんは?」

「それこそ知らないよ。答えは?」

「わがはいも知らない。」

「答え知らないなら、出題しないでよ。」

ビビはなにか描こうと鉛筆を持ちますが、
ふわふわと宙を舞うばかり。

「グランパパさんのオムライス美味しかったな。」

「まぁね。」

「また来るといいな。」

祖父のダンテが作ったオムライスを思い出し、
ビビは嬉しそうに同意します。

アンは画用紙の外側を水色で塗り終えると
四角に貼ったマスキングテープを剥がして、
中央の空白の部分を濃い水色で塗っていきます。

水色は段々と外側ににじみ、はみ出しますが
やがてその水色に厚みが生まれました。

「分かった。分かったけど…。」

厚みによって明確なシルエットが浮かびます、
仕上げに薄茶色に太い線が加えられます。

「ソーダのアイスか…。」

アンが描いたのはアイスキャンディーでした。

「いやでも、それ将来じゃないでしょ。」

「将来?」

「まさか、テーマも分かってないの?」

「晩ごはんの後に食べる。これも将来。」

こじつけでも作品を完成させたアンに、
ビビはなにも言い返せません。

「先生、できたぞ。
 校庭行って石拾ってきていいか?」

「ダメです。」

「ダメか。」

「アンさん、どうしてアイスなの?」

「宇宙の日陰は冷たいから、
 その低温利用してアイスを作って、売る。
 これでどうだろうか。」

「それを先生に提案されてもねぇ。」

絵を説明したアンに、
先生は不承不承ではあるものの受領し、
それを撮影して学校は保護者に写真を送ります。

具体的な夢や将来像のないビビが、
アンの描いた溶けかけた歪なアイスを見て、
描く気のない鉛筆を置き、筆を取りました。

頭の中で完成図を思い浮かべ、
絵の具のついていない筆を紙の上に走らせます。

何度も何度もなぞってみると、
その輪郭がぼんやりと浮かび上がります。

「ふふっ。」

ビビは自分が描こうとしているものに、
思わず笑いがこぼれ出ました。

黄色の絵の具をパレットいっぱいに出し、
画用紙の上にベッタリとだ円状に伸ばします。

筆はパレットと画用紙を行ったり来たり。
さらに橙色を黄色に混ぜて、
だ円に立体感を作ります。

その作業が段々と楽しくなって、
ビビの筆が走りました。

黄色の下には薄く水色でだ円を描き、
乾いた黄色の上に焦げ茶色の絵の具をどっさり。

『将来』のテーマについて
分からないままのビビでしたが、
アンの絵を見て自分なりの解を見つけました。

ただしやっぱり将来を説明できず、
すべては直感の赴くままやったに過ぎませんが、
いまビビが考える絵だけは明確でした。

細い筆を取り、焦茶色の上に
白い絵の具をにじませ、蛇行させます。

完成した絵に、アンも満足気に見つめます。

ビビは画用紙に、祖父ダンテの作った
昼ごはんのオムライスを描きました。