「いらっしゃい、スーちゃん。」
クラスメイトで長身のスーが、
ビビの家に遊びに来ました。
リビングで仕事をしている
母のティナに小さくあいさつをして、
2階のビビの部屋に行きました。
「んーなんだっけ?」
ティナはぼんやりとつぶやきます。
パソコンのモニタとそれを出力した印刷物、
図形を描いた方眼ノートを手にして
出来栄えを見比べてから首をかしげます。
午後の眠気にあくびがもれるとノートを落とし、
マグカップに入れたコーヒーを飲み干しました。
意識がもうろうしていて、首を左右に揺らします。
するとウッドデッキのある窓が開き、
河原で拾った石を洗っていたアンが、
ぬれた手足でリビングに入ってきました。
「ママさん。どうした。」
「んー? ビビがお友達連れてきた。
アンちゃん、タオル使ってね。」
「スーならさっき見たぞ。」
「あぁ、スーちゃんね。」
ティナは大きなあくびをこらえて、
疲れた目をぐっと抑えます。
「黒曜。スーが来たぞ。」
ケージに入って寝ていた黒色と茶色の毛玉、
タヌキの黒曜がアンの呼びかけに起きました。
首から上をエリザベスカラーで囲われた黒曜が、
いつもどおりのしのしと歩いてやってきます。
「ママさん。ノート1枚貸してください。」
「いいわよー。」
アンはタブレットを手にして過去の写真を見ては、
ノートにその数字を並べていきます。
3桁から5桁の数字と日付。
ティナはマグカップに水を汲んで、
アンの後ろから作業を覗き込みました。
「なんか面白いことしてるね。」
タブレットの画面にティナは口元が緩みます。
しかしアンは出来栄えに悩み、手が止まりました。
「もっとこう、本物っぽくしたいんだが――。」
アンは作っている理由を話します。
「そのコンセプト、いいわね。
それならそのままテンプレートを使って、
本物っぽい書体にしましょう。」
「これで?」
「元はいいもの。あとは見せ方ね。」
ティナは自分のいた席に戻ると、
アンのやっていた作業をものの1分ほどで、
理想とする画面に落とし込みました。
「こんな感じ。」
「ママさん、すごいな。」
「えへん。
私はこれでごはん食べてる
ちょっとすごいデザイナーなのよね。
はい、データ送ったよ。」
「これも仕事なのか…。」
「そうよ。」
「なるほど。勉強になった。」
アンはうなずいて深くお辞儀をします。
「どういたしまして。
いい気分転換になったわ。目が覚めた。」
それからティナは自分の作業に戻りました。
アンはタブレットと黒曜を抱きかかえ、
階段を上ります。
お腹の毛は一部が刈り取られ、
縫合した跡が残っています。
アンがビビの部屋に入ると、
ふたりはそれぞれ自分の本を
黙って読んでいました。
「遊びに来たんじゃないのか。」
「アンちゃん! 黒曜ちゃんも。」
黒曜を見てスーが声を弾ませました。
黒曜は鼻をスンスンと鳴らして、
スーの足元のにおいを嗅ぎます。
「去勢しちゃったんだね。」
「臭腺も切ったぞ。」
「しゅうせんて?」
「アスホー。」
アンは黒曜の身体をくるりと半回転させて、
肛門周囲をスーに見せます。
「うわぁ。」
「うんちがくさいから。」
「すっごいくさいの。
普通のドッグフードなのに。」
「動物飼うって大変なんだね。」
「大変なのは、黒曜だ。」
ビビはうなずきます。
『かわいい。』というだけで
飼う理由にはならないことは、
ずっと家族から言われてきました。
実際に飼ってみると、
まず一緒に暮らす場所が必要で、
ごはんと寝床を用意しなくてはいけません。
またトイレを用意したところで、
それは人間の都合に過ぎません。
心を鬼にして『しつけ』をしなければ、
動物は習性を身に付けず、利用しません。
それから予防接種や去勢はペットを守り、
生活を共にするためになくてはならないことを、
ビビはアンと改めて勉強しました。
「来週には散歩行けるぞ。」
散歩の単語に黒曜は反応して
鼻先を上に興奮します。
「そこで、スーには申し訳ないが…。」
そう言ってアンはタブレットの画面を見せます。
『請求書』
そこには子供のスーに
到底払えない金額が並びます。
そしてアンがその内容を読み上げました。
動物病院での初診、狂犬病予防接種、
去勢および臭腺除去手術、さらにはケージ、
エサ、トイレ、ハーネスなど諸々の代金が
日付と共に書かれています。
「これ、スーに払えるか?」
「いや、無理だよ、こんなの。」
スーは驚きのあまり声も出ず、首を横に振ります。
ビビでも日々のおこづかいでは足りません。
「ホントは請求もしないし、
黒曜を譲るなんてしないぞ。」
それを聞いてスーは胸をなで下ろします。
けれど、そう安堵したことで
彼女は罪悪を自覚しました。
「いじわるなことするー。
これ作ったの?」
「仕上げはママさんがやってくれた。
もしスーがまた拾ってきて
動物を飼うとしたら、このぐらい掛かる。
シミュレーション。」
「本物は知らないけど、すごいよくできてる。」
「アンちゃん、わたし。これ欲しい。」
スーが言います。
「え? どうするの?」
「わたしの、いましめ?」
スーは言ってうなずきます。
「じゃ下でプリントしてこよう。
あたしも持っとく。」
ビビの呼びかけに、3人と1匹は
慌ただしくリビングに降りました。
クラスメイトで長身のスーが、
ビビの家に遊びに来ました。
リビングで仕事をしている
母のティナに小さくあいさつをして、
2階のビビの部屋に行きました。
「んーなんだっけ?」
ティナはぼんやりとつぶやきます。
パソコンのモニタとそれを出力した印刷物、
図形を描いた方眼ノートを手にして
出来栄えを見比べてから首をかしげます。
午後の眠気にあくびがもれるとノートを落とし、
マグカップに入れたコーヒーを飲み干しました。
意識がもうろうしていて、首を左右に揺らします。
するとウッドデッキのある窓が開き、
河原で拾った石を洗っていたアンが、
ぬれた手足でリビングに入ってきました。
「ママさん。どうした。」
「んー? ビビがお友達連れてきた。
アンちゃん、タオル使ってね。」
「スーならさっき見たぞ。」
「あぁ、スーちゃんね。」
ティナは大きなあくびをこらえて、
疲れた目をぐっと抑えます。
「黒曜。スーが来たぞ。」
ケージに入って寝ていた黒色と茶色の毛玉、
タヌキの黒曜がアンの呼びかけに起きました。
首から上をエリザベスカラーで囲われた黒曜が、
いつもどおりのしのしと歩いてやってきます。
「ママさん。ノート1枚貸してください。」
「いいわよー。」
アンはタブレットを手にして過去の写真を見ては、
ノートにその数字を並べていきます。
3桁から5桁の数字と日付。
ティナはマグカップに水を汲んで、
アンの後ろから作業を覗き込みました。
「なんか面白いことしてるね。」
タブレットの画面にティナは口元が緩みます。
しかしアンは出来栄えに悩み、手が止まりました。
「もっとこう、本物っぽくしたいんだが――。」
アンは作っている理由を話します。
「そのコンセプト、いいわね。
それならそのままテンプレートを使って、
本物っぽい書体にしましょう。」
「これで?」
「元はいいもの。あとは見せ方ね。」
ティナは自分のいた席に戻ると、
アンのやっていた作業をものの1分ほどで、
理想とする画面に落とし込みました。
「こんな感じ。」
「ママさん、すごいな。」
「えへん。
私はこれでごはん食べてる
ちょっとすごいデザイナーなのよね。
はい、データ送ったよ。」
「これも仕事なのか…。」
「そうよ。」
「なるほど。勉強になった。」
アンはうなずいて深くお辞儀をします。
「どういたしまして。
いい気分転換になったわ。目が覚めた。」
それからティナは自分の作業に戻りました。
アンはタブレットと黒曜を抱きかかえ、
階段を上ります。
お腹の毛は一部が刈り取られ、
縫合した跡が残っています。
アンがビビの部屋に入ると、
ふたりはそれぞれ自分の本を
黙って読んでいました。
「遊びに来たんじゃないのか。」
「アンちゃん! 黒曜ちゃんも。」
黒曜を見てスーが声を弾ませました。
黒曜は鼻をスンスンと鳴らして、
スーの足元のにおいを嗅ぎます。
「去勢しちゃったんだね。」
「臭腺も切ったぞ。」
「しゅうせんて?」
「アスホー。」
アンは黒曜の身体をくるりと半回転させて、
肛門周囲をスーに見せます。
「うわぁ。」
「うんちがくさいから。」
「すっごいくさいの。
普通のドッグフードなのに。」
「動物飼うって大変なんだね。」
「大変なのは、黒曜だ。」
ビビはうなずきます。
『かわいい。』というだけで
飼う理由にはならないことは、
ずっと家族から言われてきました。
実際に飼ってみると、
まず一緒に暮らす場所が必要で、
ごはんと寝床を用意しなくてはいけません。
またトイレを用意したところで、
それは人間の都合に過ぎません。
心を鬼にして『しつけ』をしなければ、
動物は習性を身に付けず、利用しません。
それから予防接種や去勢はペットを守り、
生活を共にするためになくてはならないことを、
ビビはアンと改めて勉強しました。
「来週には散歩行けるぞ。」
散歩の単語に黒曜は反応して
鼻先を上に興奮します。
「そこで、スーには申し訳ないが…。」
そう言ってアンはタブレットの画面を見せます。
『請求書』
そこには子供のスーに
到底払えない金額が並びます。
そしてアンがその内容を読み上げました。
動物病院での初診、狂犬病予防接種、
去勢および臭腺除去手術、さらにはケージ、
エサ、トイレ、ハーネスなど諸々の代金が
日付と共に書かれています。
「これ、スーに払えるか?」
「いや、無理だよ、こんなの。」
スーは驚きのあまり声も出ず、首を横に振ります。
ビビでも日々のおこづかいでは足りません。
「ホントは請求もしないし、
黒曜を譲るなんてしないぞ。」
それを聞いてスーは胸をなで下ろします。
けれど、そう安堵したことで
彼女は罪悪を自覚しました。
「いじわるなことするー。
これ作ったの?」
「仕上げはママさんがやってくれた。
もしスーがまた拾ってきて
動物を飼うとしたら、このぐらい掛かる。
シミュレーション。」
「本物は知らないけど、すごいよくできてる。」
「アンちゃん、わたし。これ欲しい。」
スーが言います。
「え? どうするの?」
「わたしの、いましめ?」
スーは言ってうなずきます。
「じゃ下でプリントしてこよう。
あたしも持っとく。」
ビビの呼びかけに、3人と1匹は
慌ただしくリビングに降りました。