とめどなく流れ行く時間に身を任せ、時にほろ苦い心に負けそうになりながら、初夏の風はいつしか過ぎ去り、紅葉を終えた木々達が寒さに震えるように風に揺らされている、ある日の放課後。
進路指導で担任に呼び出されていた私が、職員室から教室に戻ると、その日の日直だった小泉くんが一人日誌を書いていた。
「……小泉くん、まだ書き終わってなかったの?」
ガラリ扉を開けて、声をかけると、小泉くんがこちらを見る。
「…ん。さっき起きた」
そう言えば、HRの時に机に突っ伏していたことを思い出す。
「部活、良いの?」
クスッと笑いが漏れそうになるのをこらえて尋ねると「たまには休んでもいいだろう」と、少し笑って彼が答えた。
自分の席まで歩み寄ると、ガタッと椅子を引き、静かに腰を下ろす。
誰もいないこの空間に、ふたりきり。
たったそれだけのことが、嬉しくて。
けれど、この小さな気持ちも、あるいは梓への裏切りになるのかな?
と、そんな風に思うとまた苦くなる心。
自分のことが、一番わからない。
「帰らないのか?」
目線は日誌に預けたまま、手をせわしなく動かしながら声だけで質問を寄越す。
「ちょっとね、休憩」
クスッと笑ってそう返すと、彼はそっけなく「ふーん」と言うだけだった。
その姿を、そっと見つめる。
『お前、進路本当にこれで良いの?』
それはさっき担任に言われた言葉。
“本当に行きたい”学校は今からしっかりみっちり勉強を重ねてギリギリなライン。
狙えなくはない。
残り1年半の努力次第。
けれど、負けてしまうリスクを考えてしまう。
きっと、ダメだったときに、打ちのめされてしまうから。
弱い自分がそれを嫌がる。
確率の高い、志望動機もそれとなく言えるような、そんなところへと心が傾く。
それを見透かしたような、担任の言葉に、今さら私はなにも言えなかった。
「……小泉くんさぁ、梓のどこ好き?」
それは何気なく、口からこぼれた言葉だった。
こぼれた言葉は、私の本心?
梓の良いところなんて、知ってる。
この持て余している感情は、梓に対する、やきもちなのか。
それとも、小泉くんに対する、やきもちなのか。
小泉くんの答えを聞いてしまえば、私の恋は、幕を閉じてしまうのだろうか?
……解放される時が、やってくるのだろうか?
「まっすぐなとこ、かな。なんか、はっきり答えられないけど」
手を止めて、柔らかく微笑んで小泉くんは答える。
淀みなく。
『梓が好き』に対する否定の言葉でなく、肯定の言葉が返ってきて、少しだけ胸がきゅぅっとなる。
だけどその言葉が偽りなく温かみを帯びていて。
彼の表情が、穏やかで。
皮肉なことに、そういう小泉くんのことが、私は好きなんだ。
行きつく答えは、結局、同じか―――…
「ふーん」
そっけない返事を返すと、苦笑した小泉くんが日誌を書き終えたらしくパタンと冊子を閉じる音が聞こえた。
「じゃ、お先に」
ガタッと椅子から立ち上がり、鞄と日誌を持ち、教室を後にする小泉くんの後ろ姿を見つめると、ほんの少し、滲んで見えた。
私は動くこともできずに、しばらく誰もいなくなった廊下を見ていた。
突風のような木枯らしが、窓を揺らした。
進路指導で担任に呼び出されていた私が、職員室から教室に戻ると、その日の日直だった小泉くんが一人日誌を書いていた。
「……小泉くん、まだ書き終わってなかったの?」
ガラリ扉を開けて、声をかけると、小泉くんがこちらを見る。
「…ん。さっき起きた」
そう言えば、HRの時に机に突っ伏していたことを思い出す。
「部活、良いの?」
クスッと笑いが漏れそうになるのをこらえて尋ねると「たまには休んでもいいだろう」と、少し笑って彼が答えた。
自分の席まで歩み寄ると、ガタッと椅子を引き、静かに腰を下ろす。
誰もいないこの空間に、ふたりきり。
たったそれだけのことが、嬉しくて。
けれど、この小さな気持ちも、あるいは梓への裏切りになるのかな?
と、そんな風に思うとまた苦くなる心。
自分のことが、一番わからない。
「帰らないのか?」
目線は日誌に預けたまま、手をせわしなく動かしながら声だけで質問を寄越す。
「ちょっとね、休憩」
クスッと笑ってそう返すと、彼はそっけなく「ふーん」と言うだけだった。
その姿を、そっと見つめる。
『お前、進路本当にこれで良いの?』
それはさっき担任に言われた言葉。
“本当に行きたい”学校は今からしっかりみっちり勉強を重ねてギリギリなライン。
狙えなくはない。
残り1年半の努力次第。
けれど、負けてしまうリスクを考えてしまう。
きっと、ダメだったときに、打ちのめされてしまうから。
弱い自分がそれを嫌がる。
確率の高い、志望動機もそれとなく言えるような、そんなところへと心が傾く。
それを見透かしたような、担任の言葉に、今さら私はなにも言えなかった。
「……小泉くんさぁ、梓のどこ好き?」
それは何気なく、口からこぼれた言葉だった。
こぼれた言葉は、私の本心?
梓の良いところなんて、知ってる。
この持て余している感情は、梓に対する、やきもちなのか。
それとも、小泉くんに対する、やきもちなのか。
小泉くんの答えを聞いてしまえば、私の恋は、幕を閉じてしまうのだろうか?
……解放される時が、やってくるのだろうか?
「まっすぐなとこ、かな。なんか、はっきり答えられないけど」
手を止めて、柔らかく微笑んで小泉くんは答える。
淀みなく。
『梓が好き』に対する否定の言葉でなく、肯定の言葉が返ってきて、少しだけ胸がきゅぅっとなる。
だけどその言葉が偽りなく温かみを帯びていて。
彼の表情が、穏やかで。
皮肉なことに、そういう小泉くんのことが、私は好きなんだ。
行きつく答えは、結局、同じか―――…
「ふーん」
そっけない返事を返すと、苦笑した小泉くんが日誌を書き終えたらしくパタンと冊子を閉じる音が聞こえた。
「じゃ、お先に」
ガタッと椅子から立ち上がり、鞄と日誌を持ち、教室を後にする小泉くんの後ろ姿を見つめると、ほんの少し、滲んで見えた。
私は動くこともできずに、しばらく誰もいなくなった廊下を見ていた。
突風のような木枯らしが、窓を揺らした。