「梓、今日どっかよってく?」
終業のチャイムと同時にざわめき出す教室で、私は梓の机へ赴く。
入学式の日に、雨の中で式次第を見て顔をほころばせていた女の子は、あれから2年の月日を越えて私の親友になった。
入学式の時のあどけなさの残っていた顔は、今は程よく可愛らしい女性へと変わりつつある。
私自身もそうであることを望む。
梓の席まで行くと、その前の席で大きな体を丸くして眠っている小泉くんが視界に入った。
その姿はまるで猫がこたつで丸くなっているみたいで、大きな体とそのミスマッチが微笑ましい。
そんな彼を一瞬見遣り、気付かれないように、微かに目を細める。
間を置かず、すぐに視線を梓へ向けると朗らかな丸い笑顔。
その笑顔は、初めて見たあのときと変わらない温度で、私の心までまぁるくなるみたいだ。
「ハイ!ハイ!!お腹すいた!」
丸い笑顔から飛び出す、元気な声。
その声に誘われるように、私も元気な声をだす。
「そだね。ファミレスよってかえる?頭使ったからお腹すいたよ~!今日くらい、良いよね?!」
「うんうん、たまには休息も必要だよね!」
3年生2学期の中間考査期間。
今日はテスト最終日で午前中で終わり。
あははっと笑いながらかばんに筆記具をしまい込む。
周りもいそいそと、帰る支度を始めている。
早い人はすでにもういない。そのざわつく教室で、未だ昏々と眠りつづける小泉くんに自然目が行く。
「……ねぇ、小泉くんて、まだ部活やってなかったっけ?」
梓に向けて小さく問う。
進学校である我が校は3年生で部活を続ける生徒はごく限られている。
試合やコンクールに勝ち続けている部活、若しくは、推薦を受けるため。
彼は確か、スポーツ推薦で進学するためにまだ部活に顔を出していたような気がする。
「…ぅ、終わり?」
ふわぁ、と大きなあくびとともにその大きな体もむくりと起き上がる。
「終わってるよ。テスト中からずっと寝てたでしょ~?」
梓が、にこやかに答える。
「んー、でも問題はちゃんと解いたから問題無いだろ?」
まだ眠そうな目を擦りながら、梓に返して荷物をまとめはじめる。
そんな小泉くんと梓のやり取りを、微笑ましくも複雑な思いで見つめる。
支度を終えた小泉くんが、立ち上がり「じゃあ」と、挨拶を残して教室を後にした。
どうしていつも、報われない恋ばっかりしてるんだろう……?
これまでの自分の恋愛遍歴を思い返して、溜息が出る。
「ね、行こう!」
にこにこと、相変わらずの笑顔の梓が、私の報われない恋の答え。
大好きな友達。
大好きな、彼。
なんだか、心の奥がちょっと苦い。
いつか、解放されるんだろうか?
そんな誰にも言えない想いを抱えて、教室を出た。
テストが終わり、少し浮足立ち気味な生徒たちでにぎわう廊下を並んで歩く。
「テストが終わっても、これから受験だと思うとなんか解放感が少ないよね」
梓が、少し顔をゆがめてぼそっと言う。
確かに、二年生の時まではテストさえ終われば、後は部活に遊びに、解放感たっぷりでいられたけれど。
これから、まだ大きな壁があると思うとだんだんと心に余裕もなくなる。
これが、受験という名のプレッシャーだろうか。
「そうだね。だけど、今日だけはちょっと羽根伸ばそうね!」
プレッシャーに負けそうな、弱い自分を励ますようにおどけてそう言うと、梓がにっこりと笑ってくれた。
こっそりと溜め息を吐いて、抱えている不安や言えない想いを逃がしてみる。
そんなことしたって、何にもなりはしないのだけど。
受験のプレッシャーにも、誰にも言えない恋にも、私は耐えられるんだろうか?
いっそ、勉強に身を置けば恋なんて、忘れられるのだろうか?
楽しみながら、苦しみながら。
言えない恋を育てながら、笑いながら。
そんなプレッシャーを抱えた、18歳の秋―――…。
校庭の隅のあの桜は、裸で風に吹かれながらも、凛と立っていた。
終業のチャイムと同時にざわめき出す教室で、私は梓の机へ赴く。
入学式の日に、雨の中で式次第を見て顔をほころばせていた女の子は、あれから2年の月日を越えて私の親友になった。
入学式の時のあどけなさの残っていた顔は、今は程よく可愛らしい女性へと変わりつつある。
私自身もそうであることを望む。
梓の席まで行くと、その前の席で大きな体を丸くして眠っている小泉くんが視界に入った。
その姿はまるで猫がこたつで丸くなっているみたいで、大きな体とそのミスマッチが微笑ましい。
そんな彼を一瞬見遣り、気付かれないように、微かに目を細める。
間を置かず、すぐに視線を梓へ向けると朗らかな丸い笑顔。
その笑顔は、初めて見たあのときと変わらない温度で、私の心までまぁるくなるみたいだ。
「ハイ!ハイ!!お腹すいた!」
丸い笑顔から飛び出す、元気な声。
その声に誘われるように、私も元気な声をだす。
「そだね。ファミレスよってかえる?頭使ったからお腹すいたよ~!今日くらい、良いよね?!」
「うんうん、たまには休息も必要だよね!」
3年生2学期の中間考査期間。
今日はテスト最終日で午前中で終わり。
あははっと笑いながらかばんに筆記具をしまい込む。
周りもいそいそと、帰る支度を始めている。
早い人はすでにもういない。そのざわつく教室で、未だ昏々と眠りつづける小泉くんに自然目が行く。
「……ねぇ、小泉くんて、まだ部活やってなかったっけ?」
梓に向けて小さく問う。
進学校である我が校は3年生で部活を続ける生徒はごく限られている。
試合やコンクールに勝ち続けている部活、若しくは、推薦を受けるため。
彼は確か、スポーツ推薦で進学するためにまだ部活に顔を出していたような気がする。
「…ぅ、終わり?」
ふわぁ、と大きなあくびとともにその大きな体もむくりと起き上がる。
「終わってるよ。テスト中からずっと寝てたでしょ~?」
梓が、にこやかに答える。
「んー、でも問題はちゃんと解いたから問題無いだろ?」
まだ眠そうな目を擦りながら、梓に返して荷物をまとめはじめる。
そんな小泉くんと梓のやり取りを、微笑ましくも複雑な思いで見つめる。
支度を終えた小泉くんが、立ち上がり「じゃあ」と、挨拶を残して教室を後にした。
どうしていつも、報われない恋ばっかりしてるんだろう……?
これまでの自分の恋愛遍歴を思い返して、溜息が出る。
「ね、行こう!」
にこにこと、相変わらずの笑顔の梓が、私の報われない恋の答え。
大好きな友達。
大好きな、彼。
なんだか、心の奥がちょっと苦い。
いつか、解放されるんだろうか?
そんな誰にも言えない想いを抱えて、教室を出た。
テストが終わり、少し浮足立ち気味な生徒たちでにぎわう廊下を並んで歩く。
「テストが終わっても、これから受験だと思うとなんか解放感が少ないよね」
梓が、少し顔をゆがめてぼそっと言う。
確かに、二年生の時まではテストさえ終われば、後は部活に遊びに、解放感たっぷりでいられたけれど。
これから、まだ大きな壁があると思うとだんだんと心に余裕もなくなる。
これが、受験という名のプレッシャーだろうか。
「そうだね。だけど、今日だけはちょっと羽根伸ばそうね!」
プレッシャーに負けそうな、弱い自分を励ますようにおどけてそう言うと、梓がにっこりと笑ってくれた。
こっそりと溜め息を吐いて、抱えている不安や言えない想いを逃がしてみる。
そんなことしたって、何にもなりはしないのだけど。
受験のプレッシャーにも、誰にも言えない恋にも、私は耐えられるんだろうか?
いっそ、勉強に身を置けば恋なんて、忘れられるのだろうか?
楽しみながら、苦しみながら。
言えない恋を育てながら、笑いながら。
そんなプレッシャーを抱えた、18歳の秋―――…。
校庭の隅のあの桜は、裸で風に吹かれながらも、凛と立っていた。