「……パパー?」
少し遠くで呼ばれてハッとする。
まるで白昼夢のなかにいたみたいだと感じながら、慌てて立ち上がり、小さな二つの後ろ姿を追いかける。
愛しくて大切な声を、追いかける。

「どうしたの?急に立ち止まって」

追いついた先であの日と変わりのないタンポポの笑顔を咲かせて君が尋ねる。

「ちょっとね、思い出してただけだよ」

花びらを差し出すと、君はしゃがんで小さな手を取り僕を見上げた。
そしてにこりと笑う。

「おまじない、利いたでしょ?」

あどけない小さな一人は、何のことかとぽかんとしている。
それを見て僕らはクスッと笑い合う。

「そうだね、前よりはずっと」

桜の花も、悪くない。


本当は、相変わらず高みから見下ろす桜よりも、野に咲くタンポポの方が好きなんだけれど。
その言葉に偽りはない。

「パパ、抱っこして!」

小さな愛しい娘にせがまれる。

「おいで、桜」

僕がしゃがんで両手を広げると、ママの手を優しく解き、僕に飛び付いて来る。
僕はにっこりと笑顔で抱き抱えて立ち上がる。
「よいしょ」と片手に抱き直して、立ち上がった君の手を取った。
ママになった君の手を。



遠く桜が風に舞い、ひとひらの花びらがそこにフワリと着地した。



*春に咲く花/完