ヘタに動けない俺は、ソファーに腰掛けスマホをいじりながら父親の様子をうかがっていた。
 多分、くる。
 俺が逃げ出さなかったのをいいことに、「なんて呼ぶか決めろ。今すぐ」と。
 ずっと言いたかったのだろう。俺が曖昧にしてきた問題をここぞとばかりに突きつけてくる。
「汐音って呼んでいい?あたしのことはメグって呼んでね」
 俺は、そんなふうに軽いノリで決められるような性格ではない。だからこそ曖昧にしてきたのだ。
 そんなことくらいで、と誰かはバカにするだろう。でも、そんなことくらいで悩むやつが実際ここに存在する。
 
 部屋は静まり返っていた。ドラマがくだらなかったとはいえテレビは消すべきじゃなかった。
 視界の片隅で平井さんが俯く。
「巧の声に似てきたわ」
 不意に、ばあちゃんに言われた言葉を思い出した。
 父親と同じ声で平井さんを名前で呼ぶのは違うと思った。
「……決めてくれたら、助かる」
 俺の言葉に反応したのか、父親が缶ビールをテーブルに置いた。その音が雑に響いて、指先がピクリと跳ねる。
 ほんとに苦手なんだ。困るんだよ。適当に決めてくれたらそう呼ぶように努力する。
 だけど。

「母さんって呼ぶのは、ちがうと思うし」

 黙ったままのふたりに向かってそう言うと、冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを手に取って自室に戻る。
 むずかしい年頃だから、という言葉は俺にはもちろん、親にとっても都合のいい言葉かもしれない。
 扱いにくい、そういう年頃なんだ。