悪いと思っているなら、なぜ。
浮かんでくる言葉はいくつもあった。けれど、それらをぜんぶ口にしたら、平井さんは泣き出してしまうに違いない。
潤ったのどを滑り落ちるように、そのいくつもの言葉たちが胃へと送り込まれた。
チクチク、と。冷えた麦茶とともに浮かぶ苛立ちが胃を刺激する。
「本当は、もっと早くに、こうやって話をするべきだったけど」
言葉を選ぶ平井さんの、伏せた目を覆う長いまつげに視線を置いた。
メグみたいに黒く縁どらなくても、十分なほどに生え揃った長いまつげ。
平井さんの言うとおり、父親に初めて紹介された日から今日まで、こうしてふたりで向き合って話しをすることなんてなかった。
いつも避けていた。距離を縮めようとする平井さんから逃げてきた。
「なんでも思ってることを、言ってね。我慢なんてしなくていいから。汐音くんの気持ちが知りたいの。知ったうえで、きちんと受けとめたい」
丁寧に手入れされた少し薄めの眉と、ちょっぴり小さな鼻。
メグと比べて少しだけ薄い唇を、きゅっと結ぶ。
笑顔を振りまくだけの人間が覚悟を決めたときの表情は、こんなにも力強く、美しく映るものか、と。
今までぼんやりとしていた「笠原風香」という人間が、俺の中でだんだんと形になっていく。
それはあまりにも自然で。いとも簡単に。
ゴクリと鳴らしたのどが熱くなり、適当な言葉を並べることすら困難になる。
普段から、思っていることの半分も言えない俺が、この状況で何か言うなんて無理だ。

