まだ馴染めずにいる部屋で、寝つけずにいた俺は枕元のスマホに手を伸ばした。
 二時十一分。
 横になったまま大きく伸びをすると、エアコンからシューッと、まるでため息を吐いたような音が耳に滑り込んできた。それにつられるようにして大きく息を吐き出し、ガシガシと頭を掻く。
「……けほっ」
 はりついたのどを潤そうとキッチンへ向かうことにした。

 耳鳴りがしそうなほど静まり返った家の中、廊下を挟んだ向かいの、ふたりの寝室の前を足音を立てないように歩く。
 リビングのドアを開ける時も、冷蔵庫を開ける時もなるべく音を立てないように注意を払う。
 何故こんなにも生きづらいのか、と思ってしまうくらいに窮屈で。この家をすんなりと出られる方法がないか、考える。
 父親のことだから、数年はここに居ろと言うに違いない。高校卒業と同時に出るとしても二年と数ヶ月後。出られる確率は低いし、先は長い。
 麦茶の入ったガラスのポットに手をかけると、自然と息が漏れた。

「起きてたの?」
 空気が流れるのを感じたすぐ後に声を掛けられ、咄嗟に冷蔵庫のドアを閉めた。
「電気、点けるね」
 暗闇に慣れていた目で電気も点けずにここまで来た。部屋の隅にあるフロアスタンドに明かりが灯ると、辺りにオレンジ色が広がった。
 ゴクリとのどが鳴る。
 静かな足音が近づいてくると、なんとも言いようのない緊張感に襲われた。
「もう、寝る」
 声の主に目をやることもせず、のどを潤すこともせず、その場を立ち去ろうとした。
「そんな、露骨に避けなくてもいいのに」
 どことなく寂しげな、いじけたような声。