玄関のドアを開けると、エプロンをつけた平井さんに出迎えられた。
「お疲れさま。わぁ、すごい汗っ」
「暑すぎて。参ったよ」
 抱えていたダンボールを足元に置いた父親が、ふーっと息を吐く。
「水分補給、水分補給。汐音くんものど渇いたよね?飲み物、すぐ用意するからね」
 首を傾けて俺に微笑みかけた平井さんは、パタパタと音を立てて奥へと姿を消した。
「それっぽくなってきたなぁ」
 家の中を見渡して目を輝かせる父親の後ろをついていく。
 リビングには既に運び込まれた真新しいテレビやソファやテーブルがあり、その隣のキッチンには、これまた真新しい家電製品が並んでいた。
 新婚家庭、ってやつ。
 こんなところに俺の居場所なんてあるのだろうか。
「ここがおまえの部屋」
 前に一度だけここを訪れたとき、父親に言われた。玄関を入ってすぐの部屋。
 まだ家具もなにもないガランとした部屋の、真っ白な壁紙を大きな窓から射し込んでくる太陽の光が照らしていた。
 天井はやけに高く感じ、床は無駄なほど広々と感じた。
 ここで生活するのか。
 実感なんて全く湧いてこなかった。ここでの生活なんて、全く想像がつかなかった。

 新婚夫婦がリビングで話している間に自分の部屋を覗く。
 リビングやキッチンとは対照的に、この部屋には使い古した家具が並んでいた。
 俺と同じ。この場所にいることに戸惑ってる。