「そう言えば。ちーさんの腰は?まだダメ?」
 アイスティーをひと口飲んだメグが首を傾げる。
「まだ、だね。もうしばらくは様子を見ないと」
 肩をすくめた父親は、ごめんね、と続けた。
 先月、店を手伝っているばあちゃんが腰を痛めた。どうせいつものことだわと、湿布薬で誤魔化していたのだけれど、とうとう一週間ほど前から立ち上がることすら困難になってしまったのだ。
「悪いけど、新しい人が見つかるまで手伝ってあげて」
 布団に横になったままのばあちゃんが俺に頭を下げた。
 今まで一度だって手伝うことのなかった俺が。店に寄りつくことすらしなかった俺が。
 『NINA』と。左胸に母親の名前が刺繍されたエプロンをつけ、メグと映画へ行く約束をキャンセルしてまで働いている。
 俺が三歳の誕生日を迎えてすぐの頃から、家を出て行った母親の代わりに俺の面倒を見てくれた。そんなばあちゃんの頼みだからこそ、だ。
 きっと、父親が頭を下げたって手伝うことはしなかっただろう。
「休憩してくる」
 エプロンを外しメグの手首を掴んだ。
「まだ残ってるのに、」
 メグのグラスからストローを抜き取った俺は、半ば強引にグラスを奪い、残っていたアイスティーを一気に飲み干した。

「花なんか。わざわざ届けに来なくたって」
 店から少し歩いたところにある小さな公園。ブランコに腰を下ろしたメグと向かい合うようにして立つ俺が吐き出した息は、六月の湿った空気を吹き飛ばすくらい大袈裟に響いた。
「だって。ママがどうしても、って言うから」
 ツンと唇を尖らせたメグが、足元の砂をつま先で前後にはらう。