平井さんが笠原になった。俺の母親になった。
 つい先日のことだ。
「汐音から聞いたときは、ほんと、びっくりして」
「二十五って聞いて、もっと驚いただろ?」
「そう!ほんと、それ!」
 メグと父親の会話を、少し離れたところから聞いていた。俺が加わらなくても普通に会話が進んでいく。そこはいつもと変わらない。
 ただ、そこに平井さんが加わると、違和感が生じる。見慣れない景色になる。
 水の入ったグラスとおしぼりを置いた平井さんが、バスケットに入れられた花の名前を幾つか口にした。
 メグが、詳しいですね、と言うと、私の好きな花ばかりだから、と声を弾ませる。
 どこかぎこちなさは感じられるものの、しばらくすれば、この景色は当然であるかのようにそこに存在しているのだろう。

「汐音ママって呼んでもいいですか?」
 平井さんはメグの言葉にコクコクと頷き、ありがとう、と言った。
 今日初めて顔を合わせた人のことを「汐音ママ」と呼ぶ。
 メグの物怖じしない性格にはいつも感心させられる。と同時に、嫉妬にも似た感情が顔を覗かせる。
「だって。汐音は人見知りするでしょ?数える程しか会ってない人と仲良くなるには時間がかかるの。当然だよ」
 メグならきっとそう言って笑うだろう。
 べつに、仲良くなりたいわけじゃない。
 初めて顔を合わせてから一年経った今でも、平井さんの呼び方が定まらないから困っている。それだけのことだ。
 それにしても。メグのコミュニケーション能力の高さには毎回のことながら驚かされる。
 初対面の人間と、本心ではどう思っているかはわからないけれど、笑顔で会話を続けていられるのだから。俺には到底マネできないことだ。