「嬉しい、って?」
なにが。
「おまえと一緒に居られることが」
まさか。
「照れた?」
「照れてないし、」
平井さんのほうを見ることはしない。敢えて、しない。ただ父親の手元を眺め、揺らぐ気持ちを押さえつけていた。
平井さんがなにを考え、なにを思っているのかはわからない。けど、たぶん。そんな感情はきっとすぐに消えてなくなる。
最初だけ。そうに違いない。
背後で入口のドアが開くのを感じた。振り向くより先に父親が言う。
「おぉっ。メグちゃん。いらっしゃい」
思わずトレイの上のグラスを倒しそうになる。
見ると、入口でニッコリ微笑んで立つメグの姿があった。
「いらっしゃいませ。あなたが汐音くんの、」
「彼女です」
平井さんに満面の笑みで応えるメグ。笑顔を見せながらも、視線を平井さんの頭のてっぺんからつま先まで何度も往復させている。
「来るな、って言ったのに」
メグの腕を掴むと店の外へ連れ出そうとした。
「いいじゃない、ちょっとぐらい。汐音のエプロン姿、どーしても見てみたかったんだもん」
唇を尖らせて拗ねたふりをしつつも、体をぐいぐいと押しつけて抵抗してくる。
「メグちゃん、ここおいで」
カウンターの、自分の目の前の席を指さす父親。メグは「はーい」と答えると、スルリと腕を抜きとり、俺が制止する間もなく父親が指定した席に腰かけた。
「なににする?」
「アイスティー!」
「今日も可愛いね。と、それは?」
「ふふふ。お祝い。ママもびっくりしてたけどね。おめでとう、って」
「ありがとう。あとでお礼の電話をしておくよ」
メグがカウンターに置いたフラワーアレンジメントを、父親は嬉しそうに眺めていた。