「やば。好き。大好き」
トイレから戻ってきたメグの手が俺の両頬を包み込む。その手はまだ濡れていて、差し込む陽の光に照らされていた頬にはひんやりとした感触が心地よかった。
「おいー。ちゃんと拭けって」
「だって、入れたままだったの」
メグは俺の左肩に掛けてあるリュックの中を漁ってハンカチを取り出すと、真っ先に俺の頬を拭いた。
「汐音って、優しくてかっこいいからさ。みんながキュンとしちゃうんだ。好きになっちゃうの」
メグがチラリと見た先は、なんとなく想像できた。
「そういうの、いいから」
メグの密かな願望に応えるようにメグの髪をクシャリと握れば、ふふふと満足そうな表情をみせる。
店の外に出ると、設置されている椅子に、ベビーカーと向かい合うように座る先ほどの女性の姿があった。
小さな子どもは手足をバタつかせ、あーうー、と発声している。
「ご機嫌さんだねー。おそと、気持ちいいねぇ。よかったねぇ」
女性の言葉に反応したのか、バタつかせていた手足の動きがより激しいものになる。
なんだか胸の奥が熱くなって、その中心部分がチクチクと痛みだす。針で刺されているような痛みだ。
「汐音。あたし、雑貨屋に行きたい」
なにかを感じ取ったのか、突っ立ったままの俺の手を握ったメグ。
「ん。わかった」
やわらかな光を放つふたりの横を、メグの手を引いて通り過ぎた。