ちょっとした好奇心とか。ちょっとした反発心とか。嫉妬とか、憧れとか。
 きっかけなんて、そこらじゅうに転がっていて。それに気づくか、気づかないか。拾い上げるか、踏み潰すかは人それぞれだ。
 父親が平井さんとどうして付き合うことにしたのか。(まぁ、まだ確定ではないのだけれど。)ふたりが付き合うきっかけがなんだったのか、なんて。正直、興味ないけど。


「平井さんが笠原になること、どう思う?」
 俺が高校に入学したばかりの、ある日のことだった。
 店に呼び出された俺は、なにを聞かされるのだろうと緊張していた。
 なんとなく想像はついてた。多分、そうなんだろうと思っていたけれど、いざ聞かされるとリアクションに困る。
 平井さんが笠原になる。すぐに理解できそうなことも、ぐるりとまわり道をして辿り着いた。
 あぁ、そういうことか。
 栗色の髪を後ろでひとつに縛り、胸元に小さく店名が刺繍されたエプロンをつけた平井さんが、緊張した面持ちで俺の返事を待っている。

「べつに。ふたりがそうしたいと思うなら、好きにしたらいいよ」
 
 押し寄せてくる不安の波にさらわれないように、全身に力を入れる。
 胸の奥の傷口が開いてしまわないように必死に堪える。
 好きにしたらいいよ、と言ったものの、それが本心なのかはわからない。
 複雑すぎる。
 すぐに返事をするようなことではないと、数時間後には後悔しているに違いない。
 もうすぐ三十六歳になる父親と、二十五歳の再婚相手。と、十五歳の俺。
 複雑という以外にどんな言葉が当てはまるというのだろう。