「もう行くよ。約束あるし、」
 頭ではわかってるつもりだった。でも心臓はドクドクと激しく動いている。
 一刻も早くここから立ち去るべきなんだ。
「デートばっかりしてないで、ちゃんと宿題終わらせろよ」
 父親の言葉に振り向くことはしなかった。ただ「うるせー」とだけ言って店を出る。

「クソあちぃ…」
 店を出た瞬間からずっと、ジリジリと照りつけてくる太陽に腹を立てながら歩く。
 胸がチクチクと痛み、その痛みに覆いかぶさるように不安の波が押し寄せてくる。
 握りしめていたせいか、手のひらはじっとりと汗ばんでいた。
 父親が誰かを好きになることも、誰かと付き合うことも自由だと思ってる。だけど、父親の男の部分を目にすることは避けたかった。
 平井さんを見るときの優しい目も。やわらかな表情も。目にしたくはなかった。
 平井さんが店で働いている以上、それは避けられないだろう。
「もう行かねぇよ」
 今までも店に行くことなんてほとんどなかったわけだし。行かなくなったとしても、なんの問題もない。

「父さんに彼女ができた、っぽい」
 夏休みの課題を片付けようとやって来たメグの部屋でモヤモヤした気持ちを吐き出した。
 メグは俺の手を握ると「大丈夫。あたしがいるよ」と、真っ直ぐな目をして言った。
 一気に胸の奥が熱くなった。誰かに言ってもらいたかった言葉はきっとこれだったんだ、と。そう思った。
「……俺と、付き合う?」
 自然と出た言葉に、メグは顔を真っ赤にして何度も頷いていた。