玄関のドアを開けると香辛料のにおいに出迎えられた。
思わず心の中で、今日はカレーだ、と呟く。
「おかえりなさい」
突き当たりのドアが開き、エプロン姿のその人が、俺の帰りを待ってましたと言わんばかりにパタパタと軽快な足音を響かせる。
コホンと咳払いをしてから吐き出した「ただいま」の言葉ですら、俺の後ろからひょっこりと顔を出したメグは面白くないと思っていることだろう。
その証拠に、「こんばんは!」と明るく挨拶をしたメグの手は、俺のシャツをきつく握りしめている。
「メグちゃん、いらっしゃい」
突然の訪問にも、嫌な顔ひとつせずにっこり微笑む。それに合わせるかのように、メグもにっこり笑ってみせる。
「ねぇ、汐音ママ。今日の夜ごはん、もしかしてカレー?」
「当たり!よかったら食べていく?」
汐音ママと呼ばれたその人がフッと目を細める。メグは首を横に振り、洋服を借りにきただけだと告げた。
「そうなんだ。じゃあ、なにか飲み物でも、」
「いらない」
その人の言葉をピシャリと遮った。俺のその言葉にメグの指がビクッと反応する。
「なにも持って来なくていいから。とりあえず、入ってこないでね」
玄関を上がってすぐ右手にある自室のドアノブに手を掛け、もう片方の手でメグの肩を抱き寄せた。
「あ……。うん。わかった」
ゆっくりと消えていく笑顔。きゅっと結んだ唇がとても印象的だった。