トースターがパンの焼き上がりを告げる。
食器棚の扉をひらく音が微かに響けば、そのあとに続くのは皿のぶつかり合う音。
それから一分も経たないうちに、今度はパタパタと軽快な足音がこちらへと近づいてくる。
スマホのアラームが鳴るよりも先に目覚めた朝は、布団にくるまったままキッチンで生み出される音楽に耳を傾け、そして、名前を呼ばれるその瞬間を待つ。
「汐音くん、起きて。パンが焼けたよ」
胸の傷が疼き、これでもかというくらい掻きむしりたい衝動に駆られるのに、だ。
繰り返し訪れる朝が生み出す何気ない音を、いつからか待ち遠しく思うようになっていた。
「はよ」
Tシャツの裾から左手を突っ込み、臍の右側あたりを掻きながらキッチンで慌ただしく動き回るひとに声を掛ける。
「おはよう。ごめんね、いつもより起こすの遅くなっちゃったね」
コバルトブルーのマグカップにコーヒーを注いで俺に差し出すと、熱いから気をつけて、と眉を八の字にしたままで言う。
起きてたし、なんて言うわけがない。
「ありがと」
カップを受け取りユラユラと揺れる水面に息を吹きかければ、立ちのぼる湯気が両頬を包み込む。
鼻先で漂うコーヒーの香りを胸いっぱいに吸い込むと、四人掛けのダイニングテーブルに視線を落とした。