カーテンをしっかりと閉じて、すぐに家を出た。向かうのは、家から歩いて五分ぐらいのところにある公園。小さいころからよく遊んでいた場所。ぼくらにとっての、『いつもの場所』だ。

 公園といっても、子供の遊び場というには少し狭い。公園の周囲を囲む道は車がせいぜい一台しか通れないし、遊具はブランコが二人分と、ベンチがひとつ。そしてぼくらが『いつもの』と指す時、必ず思い浮かべるのは今じゃもう珍しくなってしまった古ぼけた青いジャングルジム。それだけだ。

 ぼくは公園が見えるところまで来ると、すぐにジャングルジムの上を見上げた。思ったとおり、ぼくの幼なじみは、そのジャングルジムの二段目に腰を下ろしていた。

「さくら!」

 ぼくは幼なじみの名前を呼んで、手を振った。その声に彼女もすぐに気づいて、笑いながら手を振り返した。

「ハル、待ってたよ。バイトお疲れ様」

 彼女が手招きをしながら、ぼくの愛称を呼ぶ。

 ぼくらは生まれた季節が簡単に推測できそうな名前だ。ところが実際はそうではなくて、二人とも秋の生まれ。どうしてと聞かれることがあまりにも多かったので以前両親に尋ねてみたら、両親は冬と夏の生まれで、ぼくが秋に生まれたから、あと一つ空いた春という季節を子供の名前で埋めたのだとか。ちなみにさくらの場合も偶然にもまったく同じ理由。そんな変わった名付け方をする両親たちだから、彼らは出会った時から意気投合して、今でも大の仲良しだ。

 ぼくとさくらはひとりっ子同士。だから小さいころからよく一緒に遊んでいたんだと思う。

「ごめんね、疲れてるのに」

 ぼくがジャングルジムの側まで来ると、さくらがそう言った。ぼくはううん、と首を振ってジャングルジムのバーに手をかける。

 ジャングルジムは規則正しく、立方体が縦横三つずつ並んで、さらにそれが四段積み重なった形をしている。高さはちょうどぼくの頭の高さぐらいだ。

 ただ、てっぺんにはおまけのように、中心にひとつだけ立方体が飛び出していて、その分だけぼくより背が高い。

 さくらはジャングルジムの上段に、飛び出たひとつの立方体部分に背中を預けるようにして腰かけている。

 ぼくはさくらが座っている面とは逆の方から登って、さくらと背中合わせになるように、同じくてっぺんの立方体に背中を預けた。いつからこうしているのか覚えていないけれど、この座り方も昔からの、二人だけの慣習だった。

「どうしたの、暇だった?」

 腰を下ろすなり、ぼくはそう尋ねた。

「うん、まあそれもあるけど……ちょっと、話したかったから」

 控えめなさくらの声が、背中の方から聞こえる。

「だったら、部屋で待ってたらよかったのに」

 ぼくはそう言った。ぼくらは小さいころの遊び場だったり、学校の帰りに暇をつぶしたりと、よくこのジャングルジムを使った。だけど話をするだけなら、ぼくが帰ってくるのを待って、いつものように窓越しに話せば済むのに。わざわざ薄暗くて肌寒い空気の中、ひとりで待っていなくても。

「それだとお母さんとか入ってきちゃうかもしれないし」
「いつものことでしょ」

 普段ぼくらが窓越しに話をしているときに、親が部屋に入ってくることも当然ある。ぼくらは家族ぐるみで長い付き合いだから、何の気まずさもないし、こんにちはと挨拶されて、こんにちはと返す。そんなのはいつものこと。

「……今日は、邪魔されずに話したかったから」
「何の話?」

 ぼくはそう尋ねながら、さくらの様子がいつもとは違うことに気づいた。今日は控えめな様子の彼女の声が、いつまでたっても普段の明るい感じを帯びてこないし、何だかすごく言いづらそうなことを抱えている、そんな気がした。

 ぼくへの返事は、すぐには返ってこなかった。数えていたらたぶん十数秒ぐらいか、しばらく経って、じっとさくらの言葉を待っていたぼくは背中の向こうに、ジャングルジムのバー越しに、彼女が何かわずかな動きをしているのを気配で感じた。それと同時に、その動きが、彼女の言いよどんでいる胸中を表しているのだとぼくにはわかった。

 やがてその動きが消えたとき、さくらの声が聞こえる。

「私ね、明日引っ越すの」

 さっきよりもわずかに強い調子で、意を決したように彼女は言った。

「え……?」

 ぼくはその言葉の意味を理解するのに少し時間を要した。けれど発する言葉を失っていた一瞬の間に、彼女の言葉そのままの意味で、ぼくは理解せざるをえなかった。