『悠花は、能力がないんじゃないんよ』
小さい頃、今は亡きお祖母ちゃんに言われた。
『でも、私はできないもん……お父さんやお母さんみたいなこと』
『そうね。でも……悠花には、誰にも持っていない癒しの力がある。それはこれから必要な力なんだよ』
そう言って頭を撫でてくれた――その数日後、彼女は亡くなった。
***
スマホの画面には“選考結果のご連絡”と書かれたメールのページを開く。
「……またか」
硬い文章が続く先には【厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが】と書かれていてそれだけで結果が分かる。だって、これ見たの十回目だもん。
また最初からやり直しだ、明日総務課に行って自己分析シートもらってこようかな……なんて考えていると家の前に着いた。日本家屋の玄関を開けると「おっ、お嬢! お帰りなさい」と数人に会った。
「ただいま、源さん。志麻さん」
二人に挨拶をすると、私は玄関を上がり長い廊下を行き曲がると先にある部屋に入る。きっちり着ていたスーツを脱ぐと、紫地鮫小紋の着物に明るいオレンジ地の帯を締める。
帯と着物の間にスマホを入れると、私は部屋から出た。台所から朝作ったおはぎを数個タッパーに入れて風呂敷に包んだ。
「ちょっと出かけてくるね」
「悠花様、分かりました。いってらっしゃいませ」
玄関近くにいた人に挨拶すると、私は家から出て近くにある神社へと歩く。
「うわぁ〜今日もたくさんいる」
「あっ、はるちゃん!! 待ってたんだよ〜」
「ごめんね」
「悠花、遅い」
私は謝りながら彼らに持ってきた風呂敷を広げた。
「今日おはぎ!? オレ、はるの作るやつが一番すきだ」
「はる〜梅干しは?」
「あるよ、ほら」
「わぁ! ありがと!」
タッパーを開けて数秒でおはぎは無くなってしまった。本当に好きだなぁ。
「はる姉ちゃん、半分食べる?」
「大丈夫よ。あなたが食べて」
五歳くらいの男の子は、飛び跳ねながら喜んでいて微笑ましい。可愛い。
ここにいるのは小さい子で五歳、大きくて二十代後半くらいまでが……今日は、五人。いや、五匹? 人でも動物でもない彼らは、あやかしで普通は視えない。視えてはいけない存在なんだけど……。
「なくなっちゃった〜」
「今日はもうないのよ? ゴンちゃんごめんね」
「むぅ〜」
この子は、こぎつねちゃんで“ゴン”と呼んでいる。というか私が名前をつけた。ゴンというのは、新見南吉さんのごんぎつねのゴンからきている。
……まぁ、なんで私が視えない存在の彼らを視れるかというと私が陰陽師の末裔だからだ――私、藤堂 悠花は陰陽師である安倍晴明を祖先に持つ由緒正しい退魔士として名家中の名家・藤堂家の当主の娘だからだ。皆が退魔術の核を持ち生まれ、生まれた時からあやかしが視える。
「悠花、仕事は見つかったのか? メンセツ、だったんだろ?」
「またダメだった」
「そうなのか……大変なんだな」
だが、しかし。
私はできるはずの“退魔術”ができない。その核がないから攻撃できない。
「じゃあ、春から無職?」
「まぁ……そうなるね」
「じゃ、これから四六時中一緒にいられる!?」
「そうだね」
「やったぁ」
いや、喜ばれても……複雑なんだけど。
というか、私が就職できないのはあやかしが視えちゃうことも関わっているんですけどね。
「あっ、悠花さん! いた!」
「……どうしたんですか? あれ、沙知ちゃん?」
「沙知が、熱を、出してしまって……っ」
彼女は人間界でいう雪女で、雪乃さやさん。さやさんが抱いているのは娘の沙知ちゃんだ。
「……本当だ、熱い」
「私、今から、仕事で……どうしたら」
「ちょっと待ってて」
私は立ち上がると、神社から出て自販機に向かった。自販機で無難な味を選んで購入すると元の場所に戻った。
「これ、食べれるかな」
さよさんは、私から受け取り彼女の口へ持っていく。すると、体の熱は下がっていった。
「ありがとう、悠花さん……お礼はまた渡すわ!」
「ええ。お仕事がんばって」
沙知ちゃんを抱き上げ、また来た道を戻っていった。その姿を見ていると「また只働き?」と耳がもふもふさせている男が問いかけた。
「うわっ、いつからいたの!?」
「さっきだけど……」
「気づかなかった。只働きじゃないよ、ただアイスクリームを買ってきただけだから」
「だからそういうのがいけねーんだよ」
ガミガミとうるさく言うのは、大ちゃんこと猫田 大輝。大ちゃんは、猫又のあやかしで結構お金持ちらしい……。
「わかってるんだけど、私にはこういうことしかできないから」
「きた、自己否定」
自己否定してしまうのは、私には本当にこれくらいしかできないからだ。私は、退魔術が出来ない代わりに回復魔術……癒し能力が優れているらしい。一族の中で一番と言ってもいいと聞いた。
「お前はすごいからな、ちゃんと気付け?」
……まぁ、こんな感じで説教を聞くのも日常だったりする。
「おはよ、悠花ちゃん」
「おはようございます」
ここは、私がバイトしているバーでオーナー兼店長のルリさんにお世話になってもう三年経つ。
「今日は最後の日ね」
「はい。よろしくお願いします」
現在、三月下旬。予定では四月入社だったためにアルバイトを辞める日を決めていた。それが今日だったり。
「今日はソラくんくる日なんだよ」
「あ、新しい子……」
「そう。彼、かっこいいのよ」
辞めるのを撤回することもできたんだけど、新人が二人入社して私はいらなくなったのだ……まあ、退職予定だったし仕方ないんだけど。
「えー悠花ちゃん辞めるの? 今日で最後?」
「そうなんですよ……寂しいですけど」
「そっかー悠花ちゃん癒しだったのに残念だ」
私はクスッと笑いグラスにシェイクしたお酒を注ぎライムを飾るとお客様の前に出した。
「ギムレットです」
「ありがとう」
お客様が口をつけ、飲むといつも「美味しいよ」と言ってくれてその瞬間が好きだ。