「いい眺めだね」
「うん。この町で一番景色がいいところだと思うよ」

 隣にいる彼は、そう言って曖昧に笑う。不器用な彼らしい下手な笑顔。

「ここ、いつから知ってたの」
「えーと…3ヶ月前、くらいからかな」
「もっと早く教えてよ」

 私の言葉に、彼は困ったように目を逸らす。こんないい場所、独り占めなんてずるいじゃん。

「ずっと、探してて。景色が綺麗な場所」
「うん」
「やっと、見つけたんだけど…」

 優柔不断な彼は、私の顔を遠慮がちに見る。

「もう、なに。さっさと…」

 言うのを躊躇する彼に文句を言おうとしたけれど、彼があまりにも思いつめた顔をするから、思わず黙り込んだ。

「…君には、教えたくなかった」

 泣いてしまうんじゃないかと思うような表情だった。今まで見てきた彼の表情の中で、これほど苦しそうな表情は見たことがない。自分のことを話すときだってそんな顔しなかったくせに、相変わらず君はお人好しで、純粋だ。

「もう、決めたことだからさ」

 大きく息を吸い込む。久しぶりに肺の奥まで空気が流れた気がする。それほどまでに、息が詰まる世界だった。

「…後悔、しない?」

 この期に及んでまだ彼はそんなことを言う。君自身の決意は固いくせに、私の決意を揺らがそうとするなんて、卑怯じゃない?まぁ、そんな言葉で揺らぐ訳もないけれど。

「ねぇ、私達、どうなると思う?」

 彼の質問には答えなかった。無邪気な子どものふりをして、彼に尋ねる。

「これ以上ないほどの闇に包まれる、とか?」

 想像力がないなぁ、と彼の返事を聞いて思った。でも、そうか。これ以上ないほどの真っ暗闇に包まれるのか。それなら。

「ねぇ、もしかしたらさ。真っ暗な世界は、とても寝心地がいいのかもしれないよ」

 彼はその言葉を聞いて、優しく、柔らかく笑った。もう、私を揺らがそうとはしなかった。
 君も私も、同じものを探してきた。穏やかに眠れる場所と生きる意味。そのどちらも、この世界では見つからなかった。ただ一つ見つかったのは、景色が綺麗な場所だけ。
 でも最近、生きる意味なんてどうでもいいって思うようになったんだ。だって、エンドロールの後に種明かしされた生きていた意味ってやつが、どれだけくだらなくて馬鹿げていたって、どれだけ重くて苦しくたって、そんなの、終わった物語には、何の影響もないでしょ?

「そろそろ行こ」
「うん」

 彼は私の手を握った。震えていたのがばれていたんだろうか。いや、彼の手も震えている。それを感じて、少し笑みがこぼれた。彼の手を強く握り返す。

「おやすみ」
「うん、おやすみ」

 汚れたコンクリートを蹴る。感じたことのない浮遊感に、目を閉じて、身を委ねた。