「そりゃ、まだ自転車あるよね」

第2門の駐輪場。

リンネ達が出ているはずの、
卒業式も終われば
そこに生徒の影はなくて。

夏が来る度に

ミナモと学祭の買い出しにと
2人乗りをした、

ミナモの自転車が 取り残されて
門に向かう
リンネを
待っている。

「でも、ミナモ。彼女いたよ?」

いつだって脈絡のない独り言は。
ミナモの十八番。

自分の呟くリズムさえ、
ミナモのそれと重なるのは
アオハルが間に
お互い
吊るんだ時間の長させいだと
恨めしげな
リンネの夏の記憶にと

泡になる。



『オレ、
デッサンばっかで、おもんない
っ男っだってさ、ひどない?』

ペンキを塗る手を動かしながら
脈絡のない話題のふり。
これが
ヤハタ・ミナモ。

『 だから言ったよね。ヤハタくん
さ、デート 。なんでデッサン室
でするかな?他の専科の子じゃ
嫌に決まってるって。
そりゃ 受験あるからさ、
毎日やらないとダメだけど、』

そんなリンネも
慣れた憎まれ口で、
学祭のプラネタリウムの
星空を黒く塗る。

満点の星みたいに

ミナモは モテる男子の
代名詞で、
彼女に困った事がないのを
リンネはまるで
遠い空の話みたいに眺めていた。

何より気が無い証拠なのは

隣の男子校にいる彼氏と
学祭を回るのがリンネだし、

そんなリンネに
彼女連れで
炭酸の泡を弾けさせて
ミナモは声をかけてくるし。


『あー、いっつも 学祭は、
一緒に回るで、それってデート
カウントされるやん。なぁ。、
黒ペンキ足りんで、これ。』

カレカノ謳歌したであろう
3年間で
一体ミナモが
何人の学年問わず女子達と
付き合ったかなんて
リンネには
銀河ほど覚えがない。

『そうだ、買い出し行ってって
言われたんだ。忘れてたー。
委員長!!準備金ちょーだい。
ペンキ買ってくるから。』

生真面目な学級委員長に、
何時ものごとく渡された
ペンキ代を手に

息抜きの廊下へ出ると、
大抵ミナモの声が
追いかけて来る。

『 ユアサ、オレんチャリ
乗ってけ。
他に買うもんあるやつー!!』

ちゃっかり、
自分が飲む炭酸を潜らせた
クラスメイトの可愛い欲望メモを
ヒラつかせて
余計な買い出し時間を
増やす
ミナモ。

でも、
思えば

どの彼女も
3か月で替わっていった
かもしれない。

夏の記憶は炭酸みたいに
シュワシュワと抜けていく。

「いつも、向こうから告られる
くせに、向こうからフラれる
不憫なやつだって、思ってた」


第2門は
目の前なのに
手前にある駐輪場トラップで
引っ掛かっていたのも
後の祭り。

「あれ?リンネ。おったん?」

デッサン室から帰らないと
計算をしていた声が
回想に足踏みする自分に
追いついて来た。

「ミナモ、提出終わったんだ」

1、2、3、
観念してリンネは振り替える。

「ん、一発OKー。駅やろ、
ついでやし、後ろ乗ってけ。」

「2人乗りだめでしょ。」

「いけるって、お巡りいたら
すぐ降りたらええし。いくで」

今更だ。いろいろ。
思いつつも
リンネは ミナモの自転車に

「お邪魔します。」


後ろ向きで股がる。

「3年間、学祭で乗ってて?」

ミナモも今更と
その綺麗な口端を上げるけど、
これはそれ
リンネ流の線引きだからとは
本人に言えず終いで
今日を向かえ次第。

「気を使ってるよ。」

年がら年中
彼女がいる
男友達に
後ろから抱きつきそうな
乗り方は
出来ないわけで。

「ん、大丈夫やぞ。」

ペダルに足をかけて、

「何がよ。」

ミナモが漕ぐ自転車が、

「、、リンネ、重ないって。」

リンネの周りから
景色を後ろに飛ばして
消していく。

「なっ!それセクハラ!」

そうだ、
覚えている限り
ミナモは彼女達と2人乗りして
いた記憶がない。

いつも、
見かけるのは
静謐に自転車を押して
彼女と並ぶ
紳士的ミナモは
どの彼女でも同じ
立位置。

異性の友達の、
カレカノ事情なんて詮索しない
けど、
頭に浮かんだ謎が、
現在進行形の背中合わせに
閃きを起こすのを

「ほんと、、ミナモ、
デリカシーないよね!!」

誤魔化して、
八つ当たりして、
ミナモの背中を肘で小突く、
しかない。

「リンネに言われたないなー」

背中合わせ。

首を捻ってミナモの斜め横顔だけ
静止画で見る。
そしたら
学祭のプラネタリウムで飾る
ミナモの
願い事短冊の文面が
リンネに
語りかける。

書かれるのは毎年
どうしてこの問題文一択

『彼女にはフラれない』だった
けど

抜けた難解分数は
炭酸と一瞬に今、思考の星空にと
解けた。


「ミナモ。」
「ん?」

リンネは何とはなしに脈絡なしに

「あのさ、、」

『ギッ!』

その刹那
ミナモの舵切りで
自転車がきゅうに方向世界を
変える。

均衡が崩れて
互いの2人乗りの背中が
ぶつかって
微熱な波紋が
ドンと広がった。

「ど、したのよ?!」

仰ぎ見た
ミナモの斜め横顔は
真剣な眼差しの軽め口調で

「いーから、寄り道!」

自転車ごと、ミナモを
横路に誘う勢いの中
後ろ流れ景色に、見えたのは

男子校の制服。