リンネは、
デッサン室から 急いで離れて
芸術棟の迷宮を抜け出すべく
走り出したい衝動を
抑えつつも
速足で門に向かう。

『カラララララン..カラララララン.』

時計棟からの
時報の鐘に驚いて

反射的に
中庭を見たリンネは、
貼り出された各大学合格者の
紙の列を
瞳に入れてしまい
あげく
意図せず心臓の鼓動に
耳を熱染めさせて
しまった!

ヤハタ・ミナモ
ユアサ・リンネ

「 もう、入学してからずっと
見慣れた時面なのに、今更 」

本来の卒業式が

当の昔に終わり
人影がないはずの校舎内に、
リンネの記憶が
溢れる幻影を作り出して、
棟の時計の針を

戻していく。

「 ミナモなんて、入学式の春から
ずっと隣にいたんだから、、 」

リンネの独り言を合図に
3年前の春の中庭が
記憶と出現すれば、

目の前に、
何処か緊張した幅広の背中が
聳え立つ。

ぎこちない空気を出す
その 背中は
3年前の

「ミナモ。」


『 おーしっ!俺がこれから君等を
3年間担任することになる!
知ってのとーり、うちは、
各専科でがっちりクラスになる
から、学年上がってもクラス替
えなしや!仲良くなー、、、 』

美術専科の担任をする
デッサン教師の熱血さを先頭に、
静かな出席名簿順に並んで、
式後の中庭から教室に移動する列

『慣れた頃に、席替えするよね』

青い経験上、いつも悩む事を
頭に描いていたのに、

ヤハタ・ミナモというやつは
ユアサ・リンネの
予想を軽く飛び越える。

行進してきた先についた
教室。

着席したリンネの机の前で
当然のように挙手を して
熱血教師に
ささやかなる訴えでもって

リンネの憂いをはらった。

『 先生ー、オレんとこ、前と後ろ
席替えて、ええですかー。オレ
の後ろやと、ユアサさん黒板
見えませーーん、のでー。 』

『え、』

リンネはその
超能力者ばりの台詞に
唖然として、目の前の背中を
見つめた。

『 おおうっ?そうか?!
えーっと、お、ヤハタ・ミナモ
だな!お前ら入れ替ってよし 』

掃除したての黒板に
意気揚々と自分の名前を
チョークで
現す途中の 担当教師が
出席名簿を一瞥して、

軽い調子で黙認?した。

『ちゃーす。じゃ、替えて。』

1度
机の横に掛けた新しい鞄を
そのまま1番後ろの席、

リンネの席の横に
ミナモは引っ掛ける。

『ありがと、う、ございます。』

低めな背に、ヤ行の名字に
ありがちな
最後列に埋没、あるある。

『 いいって。中学でも、
あったし。オレ、デカイし。 』

別に視線が合うでもない
会釈をして
ミナモは
さっきまでリンネが座る
椅子に
横向きに座って

春の窓を背負う。

『 あー、落ちつく。やっぱ
いっちゃん、後ろサイコー、 』

リンネの耳元に聞こえた
背中越しの呟きに笑った
高校はじめの春。

から
意識を浮上させれば時計が戻る。

針が指し示す先に視えるは

中庭に炙り出される
同じ大学進学者という括りに
並ぶ

ヤハタ・ミナモ と
ユアサ・リンネ の未来と

「っ!」

あの時は気が付きはしなかった
1つ前の椅子に残る
微熱な体温に、

それ以上纏われないようにと、

慌ててリンネは
止まってしまった自分の足を

門へと走らせる。