『ガラリ』

ヤハタ・ミナモが
デッサン室の隣にある
担任室の引戸を開けた。

「 先生ー、出来た。
出していきまあーす。」

担任室には
3年間担任を勤めた
教師が、
丁度マグカップに
薫る珈琲を
注いでいるタイミング。

「 お、ミナモ。出来たか?
っつかお前、とーの昔に
出来とるやろ
何、しれっと2枚目も
出しに来とるんや?」

ミナモを認めると、
教師はもう1つマグカップに
珈琲を注いで、ミナモに
渡しながら

「 それ。カルトンから、はみ出
とるぞええんか?お前の才能が
己の首を、絞めてまうぞ。」

ニヤリと笑って、
自分のマグカップを傾けた。

「やべ、」

ミナモは、
静物が描かれた木炭紙を
提出用の机に出した手で、

木炭紙を挟むカルトンから
飛び出た、紙を直す。

「 ほんまにな、上手すぎやろ。
一発で、ユアサを盗み見描き
しとったって、バレバレや。」

天才か!と
教師が、飛び出ていた紙を
揶揄すると

ミナモが教師に少し拗ねたような
視線を投げた。

「 リンネは、1回も気ー付いた
ことないっんやって。」

そうして
担任室の一角に張っている
春色のクラス写真のひと端を
長い指で触ってから

視線は写真に
向けたままで
渡されたマグカップを傾けた。

教師は、一瞬ミナモの言葉に
目を見開いて、
居辛そうにポケットから
電子タバコを出すと、
隠し事がバレないように
挙動不審な指で
咥える。

「先生ー、生徒の前ー。今月
いっぱいまでは、担任やろ」

すかさず
ミナモが、咥えられた
電子タバコをヒョイと取り上げ

「どっちが先生ーか、わらんな」

担任室常連の顔で 笑う。

教師は、頭の後ろを掻きながら

「お前な、その、いつでも来いよ。
愚痴聞いたるわ。そんで2回生
なったら酒でもおごってやる。」

取り上げられた電子タバコの
焚火を
懺悔するかに見つめて
教師は
それをポケットに直す。

ミナモは、
ハハッと珠にみせる
無邪気な空気を孕んだ
苦笑を浮かべて

「ごちそーさん。先生、珈琲、
淹れるん、下手なままやな。」

軽くになったマグカップを
教師に渡すと

「じゃ、明日ね先生ー。」

『ガラリ』

引戸を開ける。

「明日、講堂な。補講の卒業式」

教師は、ミナモのマグカップを
見て、明日を口に、
への字する。

「ちゃーす。」

ミナモは、後ろ手に振って
引戸を閉めると、

教師は机に置いた
2枚の卒業証書の名前に

ヤハタ・ミナモとユアサ・リンネ

と書かれているのを

ため息をつきながら

もう1度確かめる。