「あたし、明日学校の宿題提出があるから、学園シナリオの前に1回ログアウトしたいんだけど」

 茶髪のボブカットの少女――印南 瑠朱(インナミ ルカ)は、寝室でダラダラと集まっているゲーム仲間に仁王立ちで告げた。
 それまで学園のパンフレットと教科書を眺めていた4人は、不思議そうに印南 瑠朱を見上げる。

「おう。別にいいぜ?」

 西紀 虎琉(ニシキ イタル)は猫みたいな瞳を丸くする。

「こっちでの1時間は現実世界の1分だから、こちらの世界の日付が変わる前に帰ってくるのは難しい……か。じゃあ、一旦セーブしてまた明日の放課後ログインするのが1番かもね」
「そうだな。そろそろβ版で進んでいるプレイヤーが掲示板で攻略法ネタバレし始めている頃だろう。僕も情報を集めたい」

 羽良中 凌黄(ハラナカ リョウキ)と東雲 木響(アズモ キキョウ)も同意する。北里 千玄(キタサト チハル)も「うん」と小さく答えた。

 現在β版中とは言え、新作のRPGゲームは現実世界の1分がRPG世界だと1時間という優れもの。だが、学生の身分である彼らにとって、時間を忘れてまで楽しむ事は出来ない。

「エルヴィンにも言ってこなくちゃなあ。そういえば、外国って事は時差とかあるよなあ……どこの国なんだろアイツ……」

 5人の脳裏に黒髪紅眼の少年が浮かぶ。アジア系の顔立ちとはまた違い、欧米系に似ているがそれとも少し違った雰囲気。顔立ちは整っているが、それよりも人懐っこさが印象強い。そして、頭は良くないという事も。

 エルヴィンと名乗った外国の少年は、人見知りをしないタイプなのか、特に違和感なく5人に溶け込んでいた。同い年という事も大きかったのだろう。言語が通じれば意外となんとかなるものである。

「エルヴィンにも勿論言わなきゃなんだけど、まずこれってどうやってログアウトすればいいのか分かる?」

 エルヴィンを呼ぼうと立ち上がった西紀 虎琉を含めて、印南 瑠朱は5人に声を掛ける。東雲 木響は高笑いをした。

「ふははは!ちゃんとプレイ方法読んでからログインするんだな!!」

 そして、自信満々に手を空中に翳す。

「こうやって〝インベントリ〟と呟けば――、……ん?あれ?」

 手を空中に翳しても何も起こらない。ゲームのメニュー画面が現れなどしない。

「おかしい……。コツがいるのか?〝インベントリ〟。〝インベントリ〟。〝インベントリ〟!」

 右手を横に振り抜くが、一向に何も起こらない事に東雲 木響も首を傾げた。

「どうやってメニュー画面出すのだ?」

 仮想世界ではないから当たり前だ。

「ほら、あたしと同じじゃん。難しいでしょ?」
「なんでお前はそう得意気なんだ……?」

 ツン、と顎を上げた印南 瑠朱に、西紀 虎琉は呆れた目を向ける。

「〝インベントリ〟。……俺も無理っぽい」
「……〝インベントリ〟。……本当だ何も起こらないね」

 西紀 虎琉も失敗したのを見て、羽良中 凌黄は眉をひそめた。

「…………〝インベントリ〟」

 北里 千玄も小さく呟くが、何も起こらなかった。残念そうに首を横に振る。

「ちょうど良いじゃん。エルヴィンにもやってもらおうぜ?」

 西紀 虎琉はエルヴィンの部屋がある方を顎で示した。






「俺達宿題あるから、そろそろログアウトしようと思ってんだけどさ、エルヴィンってどこの国出身なんだ?俺達日本なんだけど、時差ってどれくらいある?」
「えっ、急に何?」

 いきなり部屋に訪れたかと思ったら、矢継ぎ早にニシキ イタルに問い掛けられて、エルヴィンは目を丸くした。それでなくても、元勇者パーティーのメンバーと通話中だったのである。慌てて通話を切って、内心冷や汗を滝のように流していた。

「だから、ログアウトしようかって話してるんだけど、このRPGは協力ゲーっぽいからさ、プレイ時間被ってないと駄目だろ?」
「ああ、協力な。まあ、パーティーだしな」

 うんうん、とエルヴィンは頷く。

「だろ?だから、同じタイミングでプレイしたくてさあ」
「……そんでログアウトって、何?」
「え?」

 理解出来ない、といったようなニシキ イタルの反応にエルヴィンは頭を抱えそうになった。

(や、ヤバい……!これは地雷、だったか……?!)

 どう地雷かは全く分からないのだが。

「ログアウトがメニュー画面にあるはずなんだけどね、何故かメニュー画面が表示されなくて……」

 ニシキ イタルから引き継いだハラナカ リョウキが空中に手をかざす。

「〝インベントリ〟!……ほらね」

 みんなもそうだよ、とハラナカ リョウキが言うと共に他の四人も同じような仕草をする。

(え、何?みんなして〝インベントリ〟って胸の前で横一文字に手を切るの、宗教か?祈りのポーズかなんかか……?!)
「……俺には全く意味が分からねえんだけど」

 不可解な行動を取る異世界勇者に、エルヴィンは引いたように一歩後ろへと下がった。その様子に皆から訝しげな視線を向けられる。しばしの間双方が沈黙した後、小声でキタサト チハルがひょっこりとハラナカ リョウキの後ろから顔を出した。

「……もしかしたら、β版だし外国語では違う単語に翻訳されちゃってる……かも」

 エルヴィン以外の全員が盲点をつかれたかのように、ハッとした表情を浮かべる。

「……エルヴィン。ここは、〝エターナル ストーリー〟の仮想世界。ログアウト……って通じねぇか。うーんと、現実世界とこの仮想世界を自由に行き来する事をログイン、ログアウトって呼んでる」

 気を取り直したかのように説明しだしたニシキ イタルに、エルヴィンは眉をひそめた。

「仮想世界……?何言っているんだ?ここは現実世界だぞ?」
「……え?」