体が先に動くような人間にとって潜入捜査というのは――、カナヅチにライフセーバーをさせるようなものである。
『何も助けないとは言っていないわ。クレムちゃんが誰にもバレずに結界内に入れたら、の話よ』
「誰にもバレずに結界内に入れるのかよ……」
『どうにも厄介な結界らしいわ。時間は少しかかるでしょうね……』
つまり、それまでエルヴィンは異世界勇者として過ごさなければならないのである。
(一晩くらいなら誤魔化せるかもしんねえけど、そう長い間は無理だぞ……!)
なんせ、脳筋なので。
「……それにしても、厄介な結界って事は、更にヘルフィールド王国は怪しいことしてるって事だよな」
『まだ確定ではないけれど、後ろめたい事はしてそうよねえ』
わざわざ〝魔王〟を持ち出してきたのも不可解だ。〝天災魔王〟というものは、とある一定の周期で発生する天災。台風や地震、落雷に噴火のような自然災害。過ぎ去っていくのを待つか、あるいは、人の力で打ち倒すか。
そうそう〝天災魔王〟なんてものは発生しない。
エルヴィン達が倒した〝第六天災魔王〟だって、長い人類史上六回目に発生した災害だ。
(そういえば、異世界勇者も魔王の存在は知っていたな……。というか、何度も倒してきたって言っていた)
つまり、だ。
「色んな世界に魔王っている――」
話している途中で、足音が近づいてくる。エルヴィンは思わず口を閉ざした。目の前で足音は止まる。一瞬の静寂の後に、個室のドアがドンドンと音を立てた。
「おい!?めっちゃ長い間トイレ入ってるけど、大丈夫か?!」
「ニ、ニシキ……?!」
「朝メシ当たったか?!具合悪ぃなら、人呼んでくるか?!」
「だ、大丈夫!!」
いつの間にかめちゃくちゃ時間経ってたわ……と、慌てて御手洗の水を流す。『ちょ、アンタ今どこ居んのよ……?!』という通話相手の声が聞こえたが、スルーしてそのままブチ切りした。
「わりー!ちょっと腹壊しててさ!」
本当は壊してなんかいない。体調不良にしては元気過ぎる大根役者っぷりを披露しながら、エルヴィンは個室から出た。
「マジで大丈夫か?めちゃくちゃリアルに再現されんだな……。無理すんなよ」
ニシキ イタルは細い眉毛を下げて、心配そうな顔をする。「おう。サンキュ」と短く答えながら、エルヴィンはそっと安堵の息をついた。
(通話の為にトイレ篭ったなんて言えねえしなあ……。夜の寝室とトイレ以外で通話出来る場所ねえもんなあ……)
「そういえば姫さんに呼ばれてるぞ。皆集まってくれってさ」
「集まる……?」
エルヴィンとニシキ イタルが到着した時、もう既に他の人間はテーブルについていた。二人は空いている席に腰掛ける。グローリア姫は全員が揃ったのを見ると、ニコリと柔らかい微笑みを浮かべた。
「皆様お揃いのようですね。昨晩はよく眠れましたでしょうか?」
「ぐっすりだった」
「勿論、よく眠れたよ」
「バッチリ睡眠は取れたぞ!」
「夢すら見なかったわ」
それぞれインナミ ルカ、ハラナカ リョウキ、アズモ キキョウ、ニシキ イタルが答える。キタサト チハルは頷くだけだった。
「俺、夜更かししちゃったわ」
しかし、エルヴィンのみ正直に答えた。皆と真逆のことを。
「ふはははは!まるで遠足前日の子供みたいだな!!」
「ワクワクで眠れなかった訳じゃねぇよ!」
アズモ キキョウが眼鏡のブリッジを上げて、高笑いをする。思わずエルヴィンは突っ込んだが、グローリア姫が視界に入るなり閉口した。
(一瞬だけめちゃくちゃ無表情になってた……怖っ……)
先程までの柔らかい微笑みはどこへやら。全ての人間を見下すかのような軽蔑しきった視線だった。静かになったタイミングを見計らったように、グローリア姫は軽い咳払いをしてから話し始める。
「早速ですが、本題に入らせて頂きます。……差し出がましいようですが、魔王を倒すにあたって、勇者様方に足りないのはこの世界での戦闘経験だと思うのです」
「まあ、今の僕達はレベル1みたいなものだからね」
ハラナカ リョウキはグローリア姫の言葉に頷く。
「ええ。ですから、基礎から学んで頂こうかと思いまして……」
グローリア姫はスッと手で合図を送る。メイドがそれぞれ勇者の手元にパンフレットを置いた。
「ヘルフィールド王国立魔法学園の特別編入枠をご用意致しました」
「なんだか随分と悠長なストーリーだね。早く強くなれば旅に出れるのかな?」
ハラナカ リョウキがパンフレットを眺めながら、首を傾げる。
「リョウキ、これは学園シナリオキター!ってやつだ。RPGの世界で美少女達と学校に通えるんだぞ!!興奮するなあ!!」
「うわキモ」
鼻息を荒らげたアズモ キキョウに、インナミ ルカは白い目を向ける。
エルヴィンもパンフレットを手に取り、パラパラと目を通した。何の変哲もない学校案内パンフレット。
(今更戦闘について学んだってなあ……。むしろ教える方――)
そして、とあるページでピタリと止まった。
(カ、カリキュラムが戦闘だけではなく座学もある……?!)
思わず吐きそうになる。
「……俺、分数から勉強出来ないんだけど、どうしよう」
その場の空気が一瞬凍りついた。
『何も助けないとは言っていないわ。クレムちゃんが誰にもバレずに結界内に入れたら、の話よ』
「誰にもバレずに結界内に入れるのかよ……」
『どうにも厄介な結界らしいわ。時間は少しかかるでしょうね……』
つまり、それまでエルヴィンは異世界勇者として過ごさなければならないのである。
(一晩くらいなら誤魔化せるかもしんねえけど、そう長い間は無理だぞ……!)
なんせ、脳筋なので。
「……それにしても、厄介な結界って事は、更にヘルフィールド王国は怪しいことしてるって事だよな」
『まだ確定ではないけれど、後ろめたい事はしてそうよねえ』
わざわざ〝魔王〟を持ち出してきたのも不可解だ。〝天災魔王〟というものは、とある一定の周期で発生する天災。台風や地震、落雷に噴火のような自然災害。過ぎ去っていくのを待つか、あるいは、人の力で打ち倒すか。
そうそう〝天災魔王〟なんてものは発生しない。
エルヴィン達が倒した〝第六天災魔王〟だって、長い人類史上六回目に発生した災害だ。
(そういえば、異世界勇者も魔王の存在は知っていたな……。というか、何度も倒してきたって言っていた)
つまり、だ。
「色んな世界に魔王っている――」
話している途中で、足音が近づいてくる。エルヴィンは思わず口を閉ざした。目の前で足音は止まる。一瞬の静寂の後に、個室のドアがドンドンと音を立てた。
「おい!?めっちゃ長い間トイレ入ってるけど、大丈夫か?!」
「ニ、ニシキ……?!」
「朝メシ当たったか?!具合悪ぃなら、人呼んでくるか?!」
「だ、大丈夫!!」
いつの間にかめちゃくちゃ時間経ってたわ……と、慌てて御手洗の水を流す。『ちょ、アンタ今どこ居んのよ……?!』という通話相手の声が聞こえたが、スルーしてそのままブチ切りした。
「わりー!ちょっと腹壊しててさ!」
本当は壊してなんかいない。体調不良にしては元気過ぎる大根役者っぷりを披露しながら、エルヴィンは個室から出た。
「マジで大丈夫か?めちゃくちゃリアルに再現されんだな……。無理すんなよ」
ニシキ イタルは細い眉毛を下げて、心配そうな顔をする。「おう。サンキュ」と短く答えながら、エルヴィンはそっと安堵の息をついた。
(通話の為にトイレ篭ったなんて言えねえしなあ……。夜の寝室とトイレ以外で通話出来る場所ねえもんなあ……)
「そういえば姫さんに呼ばれてるぞ。皆集まってくれってさ」
「集まる……?」
エルヴィンとニシキ イタルが到着した時、もう既に他の人間はテーブルについていた。二人は空いている席に腰掛ける。グローリア姫は全員が揃ったのを見ると、ニコリと柔らかい微笑みを浮かべた。
「皆様お揃いのようですね。昨晩はよく眠れましたでしょうか?」
「ぐっすりだった」
「勿論、よく眠れたよ」
「バッチリ睡眠は取れたぞ!」
「夢すら見なかったわ」
それぞれインナミ ルカ、ハラナカ リョウキ、アズモ キキョウ、ニシキ イタルが答える。キタサト チハルは頷くだけだった。
「俺、夜更かししちゃったわ」
しかし、エルヴィンのみ正直に答えた。皆と真逆のことを。
「ふはははは!まるで遠足前日の子供みたいだな!!」
「ワクワクで眠れなかった訳じゃねぇよ!」
アズモ キキョウが眼鏡のブリッジを上げて、高笑いをする。思わずエルヴィンは突っ込んだが、グローリア姫が視界に入るなり閉口した。
(一瞬だけめちゃくちゃ無表情になってた……怖っ……)
先程までの柔らかい微笑みはどこへやら。全ての人間を見下すかのような軽蔑しきった視線だった。静かになったタイミングを見計らったように、グローリア姫は軽い咳払いをしてから話し始める。
「早速ですが、本題に入らせて頂きます。……差し出がましいようですが、魔王を倒すにあたって、勇者様方に足りないのはこの世界での戦闘経験だと思うのです」
「まあ、今の僕達はレベル1みたいなものだからね」
ハラナカ リョウキはグローリア姫の言葉に頷く。
「ええ。ですから、基礎から学んで頂こうかと思いまして……」
グローリア姫はスッと手で合図を送る。メイドがそれぞれ勇者の手元にパンフレットを置いた。
「ヘルフィールド王国立魔法学園の特別編入枠をご用意致しました」
「なんだか随分と悠長なストーリーだね。早く強くなれば旅に出れるのかな?」
ハラナカ リョウキがパンフレットを眺めながら、首を傾げる。
「リョウキ、これは学園シナリオキター!ってやつだ。RPGの世界で美少女達と学校に通えるんだぞ!!興奮するなあ!!」
「うわキモ」
鼻息を荒らげたアズモ キキョウに、インナミ ルカは白い目を向ける。
エルヴィンもパンフレットを手に取り、パラパラと目を通した。何の変哲もない学校案内パンフレット。
(今更戦闘について学んだってなあ……。むしろ教える方――)
そして、とあるページでピタリと止まった。
(カ、カリキュラムが戦闘だけではなく座学もある……?!)
思わず吐きそうになる。
「……俺、分数から勉強出来ないんだけど、どうしよう」
その場の空気が一瞬凍りついた。