クラスではもう、修学旅行の準備が進められていた。私たちの学校では、昔ながらの雰囲気を感じながら食べ歩きをすることになっている。定番の京都や奈良ではなく今年は近くの食べ歩きスポットをまわることになっていた。今はグループごとにどこに行きたいかを決めている所だ。
配られたパンフレットを見てみると五平餅やおかきなど昔から伝統的に作られてきた食べ物もあれば、色鮮やかな炭酸ジュースなど今時の飲み物もあった。
私のグループは私を含め五人。班長の和人と、世話好きの夢、静かで大人しい由依とグループのムードメーカー貫太だ。
「俺五平餅食べたい!」
和人が元気にいうと、カンタも同じように賛成していた。
「由依ちゃんは?」
「私はなんでもいいよ。」
私が聞いたら由依ちゃんらしい答えが返ってきた。
「じゃあ夢は?」
「私はここのおかき屋がいいな。」
「オッケー」
私は決めたことを一枚の紙にまとめていく。今回は時間もお金も限られているから計画はしっかりしないと。
「俺、ここのアイスも食べたい。」
和人がさした店を見てみると、美味しそうなバニラ味のソフトクリームが載っていた。
「でもダメだよ。ここ、イートインしかダメなお店だもん。」
先生から、テイクアウトしか認められていないからここは断念するしかなかった。他にも行きたい店はたくさんあったが同じ理由や、営業時間の関係で断念しざるを得なかった。
「なんだよ、つまんないな」
和人と貫太はさっきから愚痴を言うばかりでまともに話を聞いてくれなくなってしまった。それじゃ困るのに。
「はい、じゃあ紙集めるよー」
結局決まったお店は五平餅屋とおかきだけだった。これじゃあ時間がだいぶ余るだろう。私は計画がちゃんとしてないと不安になるタイプだったから当日は他の四人に任せるしかない。
「集まったかなー」
樋口先生は紙を全グループ集めたことを確認して話があるからとみんなを席に座らせた。
「じゃあいつも頑張ってくれているみんなのために俺からいいお知らせがあります!」
「…なんと、夜の学校貸切で遊べることになりましたー!!」
「「えぇーーーーーー!」」
思わず後ろを向いて蘭々ちゃんと目があった。蘭々ちゃんは、「やったね!」と言わんばかりに目を輝かせていた。私も勿論嬉しい。
「それで!今日はまだ時間があるので何をするかをみんなで決めようと思って!」
「やったぜ!…なにやる?みんな〜!」
「肝試しじゃね?夜の学校と言ったら」
もうみんなで何をやるか決めている。話し合う中で一番多かったのが肝試しでこんな経験滅多にないと教室中お祭り騒ぎだった。
「肝試し平気?」
自分でも珍しいと思いながらも、蘭々ちゃんに聞いてみる。
「私は平気だよ。むしろ楽しみってくらい!」
なぜ聞いたかと言うと私が肝試しが苦手だから。心霊系はほんとに無理。しかも舞台が学校なんてかなり本格的だ…決まって欲しくなくて他の遊びも提案してみたけど最終的な多数決で肝試しをすることが決まった。
やることは肝試しと、クラスごとの学級遊び、かくれんぼ。学級遊びは、宝探しとドッジボールに決まった。
「じゃ、これで授業終わるから帰る準備しろよー」
「はーい」
修学旅行で食べ歩き以外にも何かやれることがないか先生なりに考えてくれたのだろうか。みんな「めっちゃ楽しみ!」「肝試しの時私怖いからよろしく!」とか言いながら帰る準備よりも話で盛り上がっている。
「華花ちゃん!肝試しとか、超楽しみだね!」
「あ…実は、私肝試し苦手なんだよね」
「そうなの!?ごめん!知らなくて…」
「ううん!一緒にまわれたらいいね。」
他にも、修学旅行に私服で行くかジャージで行くかをアンケートして話したりしていた。男子は、ジャージ派が多かったけど女子は私服派が圧倒的に多かった。私も私服派である。
肝試しは蘭々ちゃんとまわれたらそれが一番いいけど、グループでまわることになるんだろうなと密かに考えた。
やはり、その考えは的中した。
家に帰って、お母さんに修学旅行のことを話すともっと遠くに行けばいいのにと言っていたが私はむしろ近場の方が安心で楽しそうだなと思った。
「でさー、所持金額が三千円なんだけど…」
「えー!もっと持っていきなさいよ〜」
そう言ってお母さんは私に五千円札を手渡す。三千円欲しいからお願いと、頼んだつもりだったけど…
「え、こんな持ってったら怒られるじゃん」
「いいのよ、少しぐらいルール破るのがお母さんの頃の醍醐味だったけど」
どんな学生時代だったんだお母さんは。お母さんは私の言葉に聞く耳持たずもう家事をしに戻ってしまった。どうにかバレないようにしよう。
修学旅行当日。晴天に見舞われて修学旅行はスタートした。私は、久々の私服で登校する。
「行ってきます!」
行ってらっしゃーいと言うお母さんの声が奥から聞こえた。
いつも通りに登校して、静葉と一緒に校舎まで行く。
「今日めっちゃ楽しみ!」
「だね〜」
「小学生生活最後なんだから楽しまなくちゃね!」
学校に着くとみんな今日を心待ちにしていたからか雰囲気爆上がりで、賑やかだ。私は、ジーンズにTシャツを合わせただけだけどおしゃれな子は帽子もハットで服も靴も今時のものばかりだった。しかもそう言うカジュアルな服装が似合う子だから余計に際立って見える。服はまだしも、あのおしゃれなスニーカーは履いてみたい。
「あ、華ちゃんおっはよ〜!」
「おはよー!」
蘭々ちゃんがくるのは最後の方で、あたりを見回すともうほとんど全員揃っていた。
「後、先生だけだね!」
「どんな格好してくるんだろ」
先生は、この前「先生も勿論私服で来るから期待しとけよ!」とか言ってたからどんな感じか知りたい。普段は毎日ジャージだから見当もつかないのだ。
「あ!先生きたよ!」
誰かがそう言ってみんな同時に先生の方へ目線を向けた。
先生は、ジーンズにコートを羽織っていた。でもそれよりもみんなが注目したのは髪型だ。ワックスで髪はきっちりセットされていて、どこかのバンドでギターかドラム担当者みたいな感じの髪型だった。そういえば先生はエレキギターが少し演奏できると前話していたように思う。
「おはようございます!!」
てことでみんなの爆笑と一緒に今日が始まる。
バスで目的地まで移動した。そこには、大きな坂に沿って古びたお店が並んでいる。どれも昔からの店で和菓子などが売っている。周りは山に囲まれていて私たちが住む地域よりも空気が美味しく感じられる。
「じゃあ、これからグループ行動だから各自楽しんできこいよ!二時間後には集合するように!」
「はーい」
そう言って早速グループごとに活動し始める。店は、全て大きな坂に沿っているのでまずは坂を登るしかない。その時点でもう精神的に疲れている子もいた。
「よっしゃー!行くぞ」
和人も他の子もテンション爆上がりだ。こう言う辛い坂は一気に登った方がいいと思って早歩きで登る。気がつくと私以外の夢や貫太たちは完全に疲れてしまってる。
「待ってよ華花〜」
夢に言われて立ち止まる。
「ごめんごめん。」
「華花めっちゃはやくね?俺ついていけんわ。」
「あはは…ごめん、待つよ。」
今日はついでに日差しも強くて体力は消耗するばかりだ。
なんだかんだで進んで、一番初めの五平餅屋さんが見えてきた。ごまだれのいい香りがしてきて私だけではなくグループ全員が力を取り戻したみたいだ。
「やっとついたー!」
一本百円の五平餅を全員買う。店の外へ出て、休憩がてら食べる。今まで坂を登るのに必死すぎて周りが見えていなかったけど改めて見ると自然豊かで心地いい場所だ。標高がある程度高くなってきたからかいつも吸っている空気がいかにガスが含まれているかがわかる。
「これめっちゃうまい!」
和人がそう言って飛び上がって先生から撮影用に貸してもらっているカメラで先ほどから何度も私たち四人を撮っている。
「和人も入りなよー、今度は私が撮るから」
夢がそう言っても「大丈夫だから」と言ってカメラを手放さない。班長としての責任があるのか、それともただ単にカメラを手放したくないだけなのか。まあ、楽しめていればそれで十分だ。
「よし、じゃあ次行こっか。」
全員が食べ終わったことを確認したら私はみんなに声をかけ、次のおかき屋さんに向かって再び坂を登る。
「暑〜、もう私無理かも。」
由依がすぐ弱音を吐く。そうは言ってもさっきの五平餅屋からすぐ上にあるのでさっきくらいの体力は使わずに済む。でも、最終的には頂上にある展望台に行かなければいけない。そこで記念撮影をするのだ。上では先生が待っているらしい。
「あっ、着いた!」
見るとおかき屋さんがもうすぐそこにある。その店はすごく繁盛していて観光客の人は勿論他のグループの子達もたくさんいる。きっと今日一日で普段の倍は売れただろう。
「醤油味のおかきひとつと、」
「ざらめのおかきひとつと、」
「わさび味のおかき一つと、」
「のりのおかきひとつと、」
「濡れおかきひとつ!お願いします。」
濡れおかきは私の注文。みた時からずっと食べたいと思っていたのだ。この機会じゃなければもう食べられない気がしたから。一人だけ豪華になった気もしたがまあ後悔するよりはマシ。
優しそうなおじさんは、すぐに私たちにおかきを手渡してくれる。
「「ありがとうございます」」
店の外に出てみんな揃っていただきますと言ってそれぞれ食べ始める。
「やば、うっま!」
「ねぇー、これめっちゃ美味しい」
みんながおかきを食べる中、私も初めての濡れおかきに胸が弾む。串刺しにされた長方形のおかきは砂糖醤油に漬けられていて全然口の中がパサパサしない。
「これも、すごく美味しい。」
感激してしまった。もう来る機会もないと思っていたけどこれが食べられるならもう一度ここへ来たいくらいだ。
「じゃあ、展望台まで頑張ろう!」
今度は、食べ歩きをしながら坂を登っていく。他のグループも頂上に向かい始めていて蘭々ちゃんや静葉とも会えた。
そろそろ体力がキツくなってきたところでやっと頂上への看板が見える。
【頂上まであと少し!】
看板にはそう書いてあってこのあと少しが長かったらどうしようと不安になった。でも、案外早く着くことができて安心した。
「お疲れ様ー。」
頂上には、二組の先生が待っていた。左手にジュース、右手にはカメラを構えている。
展望台は高場にある、大きな広場のようなものでこの街全体が見渡せる。目の前には大きな緑色の山々がいくつも並んでいて、少し足が空くんだけれど下を見下ろしてみると色とりどりの家や店が立っていた。
「うわぁー、綺麗!」
ここまで頑張って登って来れて良かったなと思った。ちょうどその時、涼しい風が吹いてさらに気持ち良くなった。
「じゃあ、写真撮るよー!」
カシャッ
いい笑顔はできただろうか。後で写真を見せてもらおう。
下へ降りて、集合まで残り十分ほどあったので私たちのグループはお土産を買って行くことにした。
「結構たくさんあるね。」
「うん、そうだね。迷っちゃいそう。」
大きな土産売り場だったけどその中で前へ進むのが難しいくらい人がたくさんいた。勿論私たちの学校の人で、だ。
私は祖母と弟、いとこへ買ってきてと頼まれているためどうにかバレずにお金を払う必要がある。でもこの込み入った状況でバレずに三千円以上のお金を出すなんて不可能である。とりあえずいけるだけカゴに入れよう。
そう思ってできるだけ安いものを探しながら素早くカゴに入れていく。
「なんか、華花ちゃん多くない?!」
一人の子にそう言われて、ついに冷静さが保てなくなった私は、
「お、お母さんにいっぱい頼まれちゃって。」
と言う言い訳でどうにか過ごそうとした。実際それは本当のことなのだが。色々迷って残りは五分を切っていることに気がついた。周りの子も続々と集合場所へ集まり始めていた。焦りに焦ってようやくレジへ向かうがそこも生徒たちで大行列。仕方なく待っていた。
五、六人を待ってついに私の番になる。まだ周りには数人が並んでおりレジ付近は生徒で溢れかえっていた。
「はい、以上で四千八百二十四円になります。」
レジのモニターには、大きく4824円の文字が表示されている。
うわ…やらかした。五千円以下だからお金の心配はないが周りの視線がどうしても痛い。声に出さなくても「高くね?」「三千円以上じゃん」って言う声が聞こえてくる。時間もなくて、周りの子も後ろに並んでいたからついに冷静さを失って、「ごめん、このこと内緒にして」と近くに偶然いた友達にいう。信じてるから!
「は、払います!」
急いでお金を取り出す。走って集合場所へ戻るともう大半の子が並び終わっていた。みんなは私よりもワンサイズ小さい袋なのに私だけすごく大きい袋を持っていて恥ずかしい。
結局あの後誰からも咎められることなく学校まで移動できたのが幸いだ。
初めはこの食べ歩きがメインだったかもしれないけれど、私たちにとってはこれからがメインイベントだと思う。なんせ今から夜の学校を貸し切って遊ぶのだから。予定はこうだ。
1、学級遊び
2、学年でかくれんぼと肝試し
3、夕食を食べて解散
私たちは、初めの学級遊びに向けて早速体育館へ移動した。
「これから、学級ドッジを始めます、お願いしまーす!」
「「お願いします!」」
そう言ってそれぞれチームに分かれる。いつもとは違って私服だからジーンズが微妙に動きにくい。でもいつも通りに楽しめた。トーナメント戦で、私のグループは二位で終わった。ちょうどいい数字だ。あれから、ボロ負けだった女子も男子に勝てるくらいに強くなってきていた。これも、練習の成果かな。
次は、五つの教室に分かれて宝探しをする。クラスで器用そうな女の子が作ってきてくれた折り紙を隠す。どうせなら難しいところに隠したいので図工室の細かな部品が入れてあるカゴの中に入れることにした。近くから見ても、部品の色が折り紙の色と被っていたから見つからない自信はある。グループの夢や由依ちゃんはものの後ろや引き出しの中などに隠していた。
「じゃあ探していいよ〜」
和人が相手のグループに声をかけてはじまる。
「え〜どこにあるんだろ。」
相手の子が悩みながらも、
「あ!あった!」
そう言って見つけたのは棚に隠れていた折り紙でおそらく和人が隠したものだろう。
「あ!こっちもあったよ!」
次の子が見つけたものは、私の折り紙だった。
「え〜、見つからないと思ったのに…」
こんなに早く見つかるとは思っていなくて、少しショック…。
その後次々と見つかったが、由依ちゃんが隠した折り紙がなかなか見つけられなくて相手グループが戸惑っている。
「え〜どこー?」
だいぶ困っているようだ。本当に見つからないので由依ちゃん以外の私たち仕掛けグループも一緒に探すことにした。
「あった!」
見つけたのは、和人で「なんでお前が見つけちゃうんだよ〜」と相手の男子に言われていた。初めはそんなに期待していなかった遊びでも案外楽しいこともあるんだと思った。
今、私たちは自分の教室にいる。先生に学級遊びの時間の十分だけもらってもいいかと言われてここに集まった。すると先生の机の後ろから濃いピンク色と茶色のエレキギターが登場した。
「うわぁぁ…」
みんな初めて見るであろうエレキギターに感激している。私は、一度か二度見たことがあるけれどこんなに派手なものは初めて見たので驚いている。
「てことで、今日は少しだけ俺のギターを聞いてもらいたいと思います。」
「いぇぇぇぇい!」
男子の一人が言って空気が一気に盛り上がる。
ジャーン…
始まったのはなんか聞いたことのあるような曲で、もやっとしながら考えていると曲がサビに入った。そのおかげで思い出した。その曲は、最近SNSで話題の流行曲でこのクラス、年代なら必ず知っている名曲だった。教室でスピーカーを付けて、大音量で音を流しているため、かなり響く。他の先生が普段の学級などで時自分の得意な楽器を弾いたり、逆立ちをみんなに見せたりして楽しませてくれることはあったが、これは授業中だったら絶対に無理だ。今でも近所迷惑になっていないか心配になる。隣で学級遊び中の二組もさぞ迷惑にしていることだろう。でも、それ以上に先生のギターは格好良かった。だからこの髪型をして今日来たのかと納得する。
みんな友達同士で目を見合わせて「すごいね」と言っているかのよう。
演奏の後半からは、手拍子も加わって賑やかなまま幕を閉じた。
その後、かくれんぼもやったけれど秒で見つかってしまってあまり自分的には面白くなかった。全校の教室を借りてやったので大掛かりなものになった。
次は、肝試しということで体育館に全員集合している。まだかとまっていると突然、体育館の明かりが消えた。
「わぁ!!」
みんな驚いて怖がりの女子は泣いていた。
前に小さな灯が見えたと思ったら懐中電灯で先生の顔が下から照らされた。
「肝試しの始まりだーーー!」
ルールは簡単。グループごとに決められた校舎内のコースを回ってくるだけ。コースは二種類でグループでどちらのコースかは決められている。でも、一つミッションがあり、言った証拠として一つの教室の黒板かホワイトボードにグループ名を書かなければいけない。つまり、絶対に一つの教室の中には入らなければならないということ。ここは、班長で心霊系も怖くない和人に任せるしかない。
「じゃあ、一グループから順に初め!」
先生の呼びかけに倣って各組一グループが体育館から校舎内に入っていった。私のグループは三グループだからまだ時間がある。その間にもちゃんと、やることがある。
「よし!じゃあ待ってる子は寄せ書きしようか!」
リーダー格の一人が呼びかける。樋口先生は驚かし役だからもうここにはいない。
「オッケー」
そう、この学年でクラスごとに学級旗を作ることになっているのだ。一メートル以上もある白色の旗にみんなで寄せ書きをしていく。
【六の一最高!これからも卒業までよろしくね!】
【今までめっちゃ楽しかった!樋口先生も六の一のみんなも大好き!】
次々にいろんなメッセージが書かれていく。私も何を描こうか迷った末に
【六の一の楽しい生活が卒業まで続きますように】と書いておいた。
「じゃあ、次三グループの人きてー」
二組の先生に言われて案外早く、私たちの番がやってきた。ドキドキで心臓は大きな音で鳴り続けている。
「華花ちゃん行ってらっしゃい!」
「和人ガンバ!」
いろんな子に応援されてついにはじまる…
まず初めに校舎の中に入って階段を登ろうとしたところで、初めの仕掛けに驚かされる。階段に貼ってあったのは、血だらけのゾンビがプリントされた紙で私は思わず、「うわっ!!」と声が出てしまった。和人や貫太、夢は平気そうだけど由依ちゃんはもう号泣。夢が慰めてあげている。
そのあと幾つかのゾンビに驚かされながらも何とかミッションをクリアするための教室へたどり着く。遠くから、電話が鳴る音がする。さっきから鳴り止まないということはこれも仕掛けの一つだと考えるのが妥当だろう。こんなに本格的なものだとは思わなかったし、めちゃくちゃ怖い。電気はもちろんついていなくて唯一の明かりは非常玄関のまた外にある街灯と、転ばないようにと持たされた懐中電灯だけ。
「待って、中に誰かいる…」
ただここにいるだけで物凄く怖くて由依ちゃんも夢の腕を離さないというのに、まだこの中に誰かいるなんて。
「和人、そういうこと言わないでよ…余計に怖くなる。」
「ごめんごめん。じゃあ俺一人で行ってくるわ。」
こんな状況でも冷静な和人に全て任せて教室から少し離れたところで私たちは見守る。
「ううわわぁぁぁぁぁ!」
和人の叫び声と一緒に教室の中から、貞子が出てきた。(正確には貞子の格好をした、他学年の先生)
和人の声に驚いて、私もぎゃああああああ!と叫びながら後ろへ一気に下がる。
「ほら!やっぱなんか居た!」
少し落ち着いたところで、和人が黒板に名前を書いて退散する。協力してくれた先生にもちろんお礼を言って。
廊下を歩いていて、あの貞子の髪質がもっと良かったらさらに怖かっただろうなとバカな考えが頭をよぎるが、余計に怖くなるのでそれ以上考えるのはやめておいた。
結局その後もいくつかの仕掛けに引っかかったけど、貞子には及ばなかった。普段の落ち着きを忘れて、叫んでいたから和人に「意外とビビリなんだね」と言われたのが恥ずかしかった。
体育館へ戻ると、蘭々ちゃんに一番に心配された。
「大丈夫だった?!」
「うん…何とか」
蘭々ちゃんももう、肝試しが終わっていたから感想を聞いてみると、私たちとは別のルートだったことを知った。そっちのルートで、樋口先生が仕掛けていたらしい。だから、樋口先生とは合わなかったのかとどこか残念な気持ちになった。
その後も、静葉と学年一の秀才の岡崎君に話しかけられて怖かったということを話し尽くした。岡崎くんは私が唯一男子でよく話す子で、事前に調査されていた「心霊系が苦手な人」という質問で手を挙げていたことを思い出し、意外だと思った。何でもできるのに、そういうものには敵わないと言っていてギャップがまた面白かった。「僕、まだ順番が回ってきていないから心配なんだよね」と珍しく弱音を吐く岡崎くんに、「頑張って!」とだけ伝えておいた。
そして、静葉とはいつものようにデレっと喋った。
最後に学年全員で晩御飯を食べた。体育館で、食べたものは取り寄せのお弁当。胡麻がかかった白米と、おかずは天ぷらや唐揚げなどほとんど揚げ物だ。しかも大人用を人数分頼んだ為に量がすごく多い。
「美味しいけど、油と量がすごい…」
「だよね…」
みんなもそんな感じだった。
一方先生たちはご飯を食べている私たちの写真を撮っている。さっきからグループを一つ一つ回って、「写真撮るよー!」って言っている。
男子でノリノリに映る子もいれば「マジでやめて…」っていう子も何人かいた。そして私たちのグループにも樋口先生がきた。
「肝試し一番ビビってたの誰?」
そんなことを聞かれて、私と由依ちゃんが手を挙げる。すると先生は笑って「叫び声ちょっと聞こえてきた」と言った。めっちゃ恥ずかしかった。
ご飯を食べ終わって、簡単に帰りの会をして解散となった。もう八時を過ぎているのでみんな親の迎えが来て一緒に帰ることになっている。
「お母さーん」
外へ出るとお母さんはすぐに見つかった。こちらに向かって手を振っている。
「華花おかえり〜、楽しかった?」
「うん!…って、それどころじゃないよ。見てこれ」
そう言ってお土産袋をお母さんの顔の前に、持ってきた。それで何があったか察したらしく、苦笑いされた。
「お母さんがあんなに持たせるからじゃん」
「もう、そこをバレずにどう使うかでしょ。まあ、詳しいことは家に帰って聞くよ。」
周りが帰り始めているので私たちも早く帰ることにした。家に帰って、レジの件を話すと「一気に使うんじゃなくていろんな店で買えばよかったのに〜。バレないように使うのが楽しいんじゃん。」と言われて呆れてしまった。どっちが子供なのか…。
でも楽しいこともたくさんあって、修学旅行以降の少なくとも三日は修学旅行の話で盛り上がった。
大きな出来事が次々と終わっていって、あっという間にもう卒業式。まだ卒業式まで時間があるけれどもう準備は始められている。今は、卒業式とその前にある『卒業生を送る会』というものの、準備をしているところだ。『卒業生を送る会』というのは、卒業式に出席しない一年生から三年生が私たちに感謝を伝えるというもので、その三学年以外にも一から五年生がその会を作ってくれる。今までは自分がする側だったからこうしてやってもらう側になるのは何だか落ち着かない。私たち六年生もただみるだけではなく、全校へ向けて合唱をすることになっている。その歌をこれから決めるのだ。
候補は五つあり、その中から卒業式用も含めて二曲選ぶ。ということで、散々悩んだ結果「旅立ちの日に」という定番な曲と「春風の中で」という二曲が決まった。
「伴奏と指揮の立候補者いますかー?」
そう先生が聞いた。私を手を上げた。そう、私は「旅立ちの日に」の伴奏をしようと思っている。今までも、毎年伴奏を担当してきて最後はもちろん弾きたいと思ったから。気付いたら、進級時の憂鬱な気持ちは霧が一気にはけて行ったかのように無くなって晴々とした気持ちになっていた。こんな気持ちになるのは久々でほんとに気がついたら…というようなものだった。
他の立候補者は岡崎くんだけで岡崎くんもまた、毎年伴奏をしている。
「じゃあ、この二人で締め切るぞー」
他に誰もいないのは、毎年私たちでやってきたからだと思う。他にももしかしたらやりたい人がいるかもしれない。でも、空気的に立候補できなのかもと思う。そう思うと申し訳なくなってきたけれど、やるからには全力。それが私のモットーだから。中途半端は嫌いだ。
その授業が終わると岡崎くんに話しかけられた。
「どっちの曲にするか決めてる?」
「うーん、私は旅立ちの日ににしようかなって。岡崎くんは?」
「僕は、春風の中でにするよ。お互い頑張ろうね。」
「そうだね、ありがとう」
私は曲の好みではなく、こっちの方が比較的簡単そうだったから選んだ。私よりも岡崎くんの方が遥かにピアノが上手いから期待大だ。
「もっとここ大きく!盛り上がる感じで」
指揮者も決まってあとは練習するだけ。ソプラノとアルトに分かれて練習中。
この二曲は、発表する日が近いために同時進行している。今は「旅立ちの日に」の練習時間で私はソプラノ側についている。先生はというと、アルトの指導をするために他の教室にいる。つまり私は一人でみんなを仕切らなければいけないということ。先生に頼まれていたのだ。「華花さんがみんなを仕切って練習しておいてよ」と。こういうの苦手なのに。
そしてさっきから音程の練習をしているのだが場の雰囲気は最悪で所々沈黙が起きている。みんなも何をすればいいかわからない感じで、周りを見ているが正直ピアノ伴奏者で音痴な私が歌の指導なんでできるはずがない。こんな時、岡崎くんだったら手際良く仕切っていくんだろうなと想像する。やっぱり私と岡崎くんは全然違う。
微妙な感じでグループ分け練習が終わり、次は全員揃って合わせる。それの移動中、蘭々ちゃんとその他の女の子に応援してもらった。
「華花ちゃんなら絶対大丈夫だって!ソプラノの練習の時もすっごくピアノ上手だもん。」
「ありがとう」
そうはいうけど…と私の頭の中は嫌な想像ばかりで埋め尽くされているからもうどうしようもなかった。
その後の合わせ練習は、伴奏自体はできたものの音程練習で間違えまくりみんなに迷惑をかけた。それでも褒めてくれるみんなは優しい。でも、それが本当の気持ちなのかと少々疑った。
私はまだ一年生で入学したての頃、不登校気味だった。原因は、軽いいじめ。私は入学する前から学童保育に通っていて、そこで静葉や柚月、寧々歌とあったのだ。でもその頃同級生でもう一人女の子がいて、今では考えられないけれどその子一人対私たち四人という形式だった。初めは軽い仲間外れで、それがどんどんエスカレートしていくうちに物を何個も取られたり、遊ぶ物を制限されたりした。私たちは強制的にその子にしたがわなくちゃいけなくなってしまい状況は最悪。四人で先生に言いに行ったら、お互いに話し合って仲直りしようということになった。でもそんなんじゃ解決しなくて状況は悪くなるばかり。もうこれからの六年間最悪だと思っていた。でも、歳が上がっていくうちに自然にそのいじめは無くなった。今ではその話題は一切でなくて私たち四人は今も楽しく過ごせている。それから、私はいじめのことについて少し考える様になった。私たち以上に酷い扱いを受けている子なんていくらでもいるだろう。世間的にはいじめは無くならないと言われているけれど、正直私はなくなると思っている。勿論ちゃんとした証拠は何もないし経験も少ないから信憑生は限りなくゼロに近い。でも、何かをガラッと変えればいじめはなくなると信じている。
それより。
私たちへのいじめの加害者である蘭々ちゃんは、今どんな気持ちなんだろう______
ある日、それを確かめるべく意を決して蘭々ちゃんにそのことを尋ねた。正直とても怖かった。静葉たちは今ここにはいないから私と蘭々ちゃん二人きりだ。今まで本当に、優しくしてきてくれてもう昔のことだしとっくに許しているけれど、やはりこのようなことを話すのは緊張する。
「ねぇねぇ蘭々ちゃん。」
そう呼ぶといつもの様に「何〜?」と笑顔で来てくれる。
「なんで、私を遊びに誘ってくれたの?蘭々ちゃんには、他にもたくさん友達がいたのに」
「うーんとね…」
蘭々ちゃんは一瞬表情を変えたけど、いつも通りの笑顔で話そうとしていてくれた。でも、少し無理をしている様な気もした。
「華ちゃんが、静葉と一緒によく遊んでたときに実はちょっと二人のこと見てたんだよね。いっつも二人で遊んでてすごく楽しそうだなと思ったの。それで、、ずっと話しかけよう!って思ってたんだけどなかなか話せる機会がなくて。そんな時に、今の学年で華ちゃんが静葉とクラスが違うってことに気がついたから申し訳ないけど「チャンスだな」って思った。それで話しかけてみたらめちゃくちゃ優しい子だった。てこと。勿論昔のこと、忘れてないよ。あの時は本当にごめんなさい。」
それに、華ちゃんは中学違うんでしょ?という。そう、私は中学からみんなとは違う中学に行くことにしている。でもそんなことよりも、蘭々ちゃんの気持ちに感激してとても嬉しかったし、安心できた。聞いておいて正解だったのかも。
「蘭々ちゃん。ありがとね」
「うん!これからもずっと一緒にいようね!」
そうだね。これからも蘭々ちゃんとなら一緒にいたいと心の底から思った。
「これから卒業生を送る会を始めます。」
五年生の挨拶でこの会は始まった。これから一年生から順に発表される。
「六年生のお兄さん、お姉さん!今までありがとうございました!」
毎年聞くフレーズだけど、自分が受け手になっただけで捉え方は随分違った。その後一、二年生はメッセージでその後の三年生以上はわたしたちと同様に合唱だった。同じ合唱でも学年ごとにレベルが全然違ってこんなにも数年で変化があるのかと驚いた。
「では最後に、六年生の皆さんお願いします」
ついに私たちの番だ。それぞれ位置について指揮者とアイコンタクトをとる。途端、一気に緊張が増してきて手がぶるぶる震えてくる。
最初の音なんだっけ?
一番初めの音をど忘れしてしまったのだ。左手は何とか思い出したものの、右手が全然思い出せない。指揮者も、みんなも顔は見ていないから分からないけれど遅くないかと思っているはず。
思い出せ!お願い!
それで…思い出すことができた。
その後音を外してしまうことも、間違えることもなくて結果オーライだった。
体育館は大きな拍手で包まれ成功で終われた。
「みんな良かったぞ!今までで一番の出来だったよ」
「やったー!」
口々に、「良かった」とか「最高だったね」と言い合っている。
「華花ちゃんも上手だったよ!」
多くの子にそんなことを言われて私も最後にやれて良かったと朗らかな気持ちになった。
そんなこんなでもう、あと三日後には卒業する私たち。せめてもの思い出作りとして先生はみんなで何かしようと言ってくれた。
話し合った結果、プロフィール帳とランキングをみんなで作ろうということになった。ランキングとはいわゆる「将来芸人になっていそうな人」や「お金持ちになっていそうな人」などをクラスの中から誰が一番それにあっているかを投票で決めるというもの。それに載った人は嬉しいものだが乗らなかった人は少し残念な気持ちになってしまうものだけど一度やってみたかったもので楽しみにしている。プロフィール帳を作るというのは、その名の通り自己紹介の様な物をクラス全員分書いて残しておこうという物だ。
もうみんなで書いたから、あとは先生が印刷してくれるのを待つのみ。卒業前にこんなにいろんなことを計画してくれるなんて、すごく嬉しい。今までやってきた甲斐があった。
実は、それ以外でも先生はたくさんのことを私たちのために計画してくれていて先生得意の学活ではスライドショーの様な物を作ってくれた。今まで先生が撮ってきた写真を卒業らしいBGMと一緒に流した。自分の事故画がはいっていないか心底不安になったけどはいっていなくて安心した。先生の性格が出ていたのか時々ボケも入ってきて私も一緒に笑うつもりだった。でも、私は笑うことができなかった。なぜなら笑いの代わりに私の目からは涙が溢れていたから。BGMを聴いていたら今までのことを思い出し、この六年間の中で今年は特別で楽しかったと自信を持って言える一年だったと感じる。私の他にも泣いている子は何人かいて、スライドショーが終わるとお互いに慰め合っていた。
私は、中学からみんなと違う道を歩く。だからこそこの一年は全体に忘れないと心に誓った。
そのあとは、給食で運悪く放送当番で涙は収まっても声が治らなくて涙声になってしまったことを家に帰ったら弟に指摘された。
明日は、卒業式。
いっぱい泣いて、いっぱい笑おう。
私が登校した頃には大半の子がもう集まっていて、六年生しかまだいないグラウンドは静かでもあり賑やかでもあった。
男子はほとんど学ランで、女子はそれぞれの服装が多かった。私はこの日のために買ってもらった、紺色のワンピースで出席する。大人っぽい服装で行こうと思い、この服を選んだ。髪型も、朝苦戦しながらお団子にして軽く睫毛もあげた。
「うわぁ〜華花ちゃんかわいい!」
着くなりそんなことを言われて胸が弾む。
「華〜おっはよう!ってめっちゃ大人っぽくて可愛い!」
静葉にもそんなことを言われた。因みに静葉はベストにパンツという、クールなスタイルだ。静葉は、髪がショートだから余計に格好良く見える。
「今日も楽しもうね!」
私は、みんなに違う中学に行くことを伝えていなかった。本当に一部の、静葉達とか蘭々ちゃんにだけ。だから、当日知った子も多くて岡崎くんや他の子にも驚かれてしまった。この時非常に身勝手ながらもみんなと離れたくない気持ちが強かった。
しばらくみんなと喋って、卒業式が始まる。
番号順に、卒業証書が渡される。
「倉坂華花さん」
はいっと、練習してきた大きな返事をしてそれを受け取る。もう本当に終わっちゃうんだ。そんな気持ちが強まってくる。
「では最後に、六年生の感謝の言葉と合唱です。」
その声とほぼ同時に、移動して合唱曲の「春風の中で」を歌う。岡崎くんのピアノもめちゃくちゃ上手で歌も、気持ちよく歌うことができた。
周りの親を見ると、号泣している人がほとんどだった。体育館を埋め尽くす様な大きな拍手が巻き起こって幕が閉じた。
とりあえず教室に戻り、先生の話を聞く。と言っても、先生も号泣でろくに話ができなさそうだった。
「じゃあ、プロフィールとか配りまーす…ズズッ」
さっきから鼻水も涙もすごい先生はろくに話ができない。でも手際よく分厚くなったみんなのプロフィール帳を配っていく。
それぞれ確認しているので私も何となくページをめくってみる。
【ランキング】
【お金持ちになっていそうな人 …さん】
ランキングのページを見つけて何となく胸が高鳴る。
【夢を叶えていそうな人 華花さん】
載ってる…自分でも驚きだ。他にも、「制服が似合いそうな人」などいくつか名前が載っていた。こんなに載るなんて想像もしていなかったからすごく嬉しかった。みんなが自分のことをそう思ってくれていることも含めて嬉しかった。
「はい、一旦それ閉まって話を聞いてください。」
いつもだったらみんなもたもたしているけど今日は一気に場の空気が静まり返り、意識が先生に集中する。
「本当にみんなここまで頑張ってきた。いつまで経っても、お前達は可愛い教え子だ。」
もうこの時点で泣いてる子が沢山。
「最後に、一つみんなに宿題を出す。期限は、次の同窓会まで。“幸せになること”絶対に忘れてくるなよ!」
「「はい!」」
みんなも、この一言で励まされて元気を取り戻したみたい。「じゃあ、これで終わろうか」と先生が終わろうとすると。
「ちょっとまった!」
面白キャラの男子がそう言って、花束とみんなのメッセージカードを持って前に出る。そう、この日のために私たちは先生へ感謝を伝えようと準備してきたのだ。花束だってみんな親と相談して少しずつお金を出し合った。メッセージも、綺麗に飾り付けて卒業ぽく仕上げてみた。せめてもの感謝の証として。「ちょっとまった!」の声でみんなの笑い声が教室に響く。
「え〜ありがとう。こんなの渡されたらもう泣いちゃうよ」
もう泣いてるけど。と思ったけれど、みんなと一緒に拍手をする。
「よし!みんな起立!」
「はい!」
「…これで、六の一を終わります!」
「終わります!」
最後はみんな、元気に終わった。礼をした瞬間に涙が溢れてきたけれど。
そして今は、外に出て恒例の写真撮影をしようとそれぞれで集まっているところだ。静葉やみんなと写真を撮っていっぱい笑う。今度は笑う番だ。
「華花〜中学離れるの寂しいよ〜」
「大丈夫!いっぱい遊べばいいでしょ!」
「だね〜」
静葉と離れるのは寂しいし、これからやっていけるかが不安だ。私は今までの感謝を込めて、一部の仲がいい子にだけプレゼントをあげる。
「静葉、これあげる。今まで本当にありがとね。」
静葉にあげたのはハンドクリームだ。私が好きなブランドのものだから見ていて自分が欲しくなってしまう。
「華ちゃーん!おめでと!」
蘭々ちゃんがこっちに走ってきてくれる。
「おめでとう!今まで本当にありがとう!」
蘭々ちゃんが話しかけてくれなかったら今頃私はこんなに楽しい思い出なんてできていなかったはず。
「蘭々ちゃんこれ。本当に今までありがとう!」
蘭々ちゃんには、リップクリームをあげた。使ってくれるといいな。
「あっ、私もこれ!はなちゃんと遊べて本当に嬉しかった。」
そう言ってくれたのは、絵本の様な感じの見た目をしている「手紙」だった。
「こんなのいいの?!」
こんなに手の込んだものもらった事がなくて思わず動揺する。
「うん!本当に感謝してるから」
本当に優しい子だなと思った。
その後、みんなにはバレたくなくて一瞬の隙を見計らって先生のところへ走る。
「先生!」
樋口先生はこちらを振り向く。実はもう一つ私個人で用意していたものがあった。
「これ。一年間ありがとうございました。」
そう言ってピンクのリボンで纏められた、紙の束を手渡す。
「最後かもしれない、小説です。」
初めは何となくで初めてみた小説。でも、先生が評価してくれたから続けようと思ったし小説家になってみようと思った。まだ恥ずかしさは消えないけど、先生にこれだけは渡したかった。
「ありがとう。次の学校でも頑張るんだぞ!華花さんならいける!」
「はい!」
その小説のタイトルは、“出会えた奇跡というものよ”である。
卒業式が終わってからの、私は大きな心境の変化があった。まず、よく本などで目にする「心にポカンと穴が空いたような」の表現に100%合致する様な気持ちであるということ。来週からまた「おはよう」で授業が始まってもおかしくない様な気持ちだった。すごく不安定だ。
そして、段々と先生が今まで熱血指導してきてくれたことが嘘だったのではないかとも思う様になった。
私の小説を喜んで読んでくれていたこと。
六の一のみんなと毎日ドッジをしてくれていたこと。
一緒に楽しんでくれていたこと。
全部、本気で思ってくれていなかったんじゃないかと思う様になった。それは失礼なことだと分かっていてもやめられなかった。表面的なものだったら、すごくショックだと思う。でも、私は先生のやってきたことがたとえ嘘だったとしても感謝は忘れないと思った。事実、私たちの心にはちゃんと思い出が詰まっているのだから。寂しいって何度も思った。新しい学校で戸惑う時、何回もあの頃に戻りたいと願った。
でも、私は前に進む。一回離れ離れになったって、絶対にもう一度会えると確信してるから。その為にももっと自分を磨いておかないと、先生に自分を見せられない。
「先生と、六の一のみんな。絶対会おうね!」
心の中でそう言う。
かつての私はこの世の中に絶望して、最悪だって思ってたけど今は違う。
嘘はまだ沢山あるけど楽しいことも沢山あるから生きてるんだ。
綺麗事じゃない。これは私自身が経験して感じたことだから。
次にみんなと会う頃には人に尽くせる人間でいたい。
先生みたいに。
こうして長くもあり、短くもあった一年に私は終わりを告げた。
卒業は次へのスタートラインだよ。