【雨の世界】
陽一がカルタヘーナ王国の城に案内されるまでに、さらにいくつかの説明が行われた。
彼らの話によれば、この世界は十年前から“異常気象”に見舞われているという。始まりは突然だった。しとしとと小雨が降り続いたかと思えば、それがいつまで経っても止まない。しかも年月を重ねるごとに雨は激しくなり、今では一年三百六十五日、まるで恨みを晴らすように空が泣きじゃくっている有様だという。
大地は常に水気を帯び、作物はうまく育たない。穀物は腐り、果樹は実らず、人々は飢えや病に苦しんでいた。しかも、雨が続くことでモンスターの勢力が増しているらしい。深い沼地や水場が彼らの棲み処となり、多種多様なモンスターが人々の居住区へと迫りつつあった。
その対策として、カルタヘーナ王国では「冒険者」と呼ばれる戦士たちを組織し、モンスター討伐にあたらせているという。
「……あなたには“魔力”を感じます。いや、感じられたのです、最初は」
陽一を案内した召喚士の男が眉をひそめて言う。
陽一にとっては、魔力と言われてもピンとこない。ファンタジー小説の中の概念でしかなかったからだ。けれど、その世界では当たり前のように通用する“力”なのだという。
「本来、この世界にも魔力を持つ人間は十万人に一人の割合で存在します。だが、モンスターの被害が年々拡大する今、その数は全く足りない。さらに、魔力を持つ者の中から優れた冒険者が生まれるとは限りません。そこで王国は、別世界から“才能のある人物”を探すことを思いついたのです」
その計画の要こそが、召喚士たちが行使する「異界召喚術」。儀式を行い、魔力の反応がある世界の人間を引き寄せる。そして、この世界で冒険者として活躍してもらう――それが国の方針だった。
「太陽王の再来……というのは?」
「ふむ、太陽王というのは伝説の英雄で、千年前に現れた魔人を倒した存在です。災厄を振り払ったその力は、勇者や聖者を超え、まさしく“太陽をも操る”ほどのチカラだったと伝わります。詳しくは王にご説明を受けるかもしれませんが……いずれにしろ、あなたには我々が確認した限り、何らかの強大な魔力が潜んでいるはず。その力こそ、雨を止められる光明になると期待されたのです」
陽一はそれを聞いても半信半疑だった。しかし、とにかく元の世界に帰る方法がわからない以上、この世界でしばらく暮らさなければならないのだろうか。複雑な心境になりながらも、どうにか前を向き、話を受け止める。
城内に通されると、豪奢な広間で、恐らく王族の一部なのだろう豪華なドレスを纏った女性や、将軍らしき甲冑姿の男たちが陽一を値踏みするように見つめてくる。あまりいい気分ではなかったが、無視できるような状況でもない。
「彼が新たに召喚された者ですか? また随分と線が細そうですが……」
「まあ、魔力特性の判定をしてからでしょう。彼がどんなスキルを発現するか……ね」
どこか嘲笑の混じった視線。陽一の心には、まるで会社で上司に品定めされているときの嫌な感覚がよみがえった。だが、彼らにしてみれば、それだけ余裕がないのだろう。すでに何人も召喚を繰り返しているが、成功事例は数少ないとも言っていた。
ほどなくして、部屋の奥へと案内された陽一の目の前に、さまざまな武器類が並べられた。
剣、槍、弓、ロッド、杖……多種多様な装備がずらりと並ぶ。その一つを手にすると、それに応じて各人の特性スキルが発現するという仕組みだと説明を受けた。
「たとえば“炎+魔法”の特性を持つ者がロッドを取れば火炎魔法を使える、“雷+剣術”の特性を持つ者が剣を持てば雷の剣技を発動できる、という具合です」
「なるほど。でも、もし何も起きなかったら……?」
「その場合、何の才能もないということになる」
この瞬間、陽一は不安と期待が混ざった複雑な感情を覚えた。
もしかしたら、これまでの“晴れ男”が活かせる特性があるかもしれない。晴天を呼ぶ剣士とか、空を操る魔法使いとか――現実味があるかはわからないが、せめて自分の不思議な運命を肯定できる活路になるならば。
だが、その願いはあっさりと裏切られることになる。
まずは剣を握ってみるが、何の変化もない。光が走る、風が吹き上がるなどの分かりやすい兆しがあるはずなのに、まるで無反応。
次に槍、弓、斧、短剣、ハンマー……と一つずつ試すが、同じく不発。最後には金色に輝く王家の宝剣や、細身の魔法杖なども握らせてもらったが、何も起こらない。
何十種類、いや百種類に近い武器や装備を手に取ったが、どれも陽一とはまるで縁がないらしい。
神殿の奥に保管されていた骨董品のような武器まで試させられ、召喚士たちも必死の形相になったが、結局はすべて無反応に終わった。
結果は「役立たず」。――それが王城にいる面々の率直な評価だった。
「何ということだ……魔力があると感じて召喚したはずが、まったく発現しないとは……」
「ただの異世界人か。これでは何の戦力にもならぬ……」
冷たい囁きが部屋を満たす。
実際、いくら希望を抱いたところで、才能が発揮できないのだから仕方がない。陽一としても傷つきはしたが、周囲から浴びせられる失望の眼差しの前では何も言い返せなかった。
そのまま陽一は、城の奥から放り出されるように外へ出された。ひと月分ほどの生活費だけ支給されて、追放に近い扱いとだった。
唐突に召喚され、混乱の中で無能扱いされた陽一は、苛立ちと哀しみに打ちひしがれていた。
人生の中でこれほどまでに惨めに扱われたのは初めてかもしれない。少なくとも会社員時代は晴れ男という強み(?)もあったし、周囲はそれなりに優しかった。けれども今は「使えない」と言わんばかりに、さっさと消えろという空気を突きつけられている。
「勝手に呼んでおいて、そりゃないだろ……」
腹立たしさを噛みしめながら、陽一は王都の町はずれに取り残された。
夕刻にもかかわらず相変わらずの雨は降り続き、土の道はぬかるんでいた。傘もないし、まともな宿も当てがない。このまま途方に暮れていると、モンスターに襲われる危険すらあるという。
こうして陽一のこの世界での生活が、最悪の形で始まったのだった。
陽一がカルタヘーナ王国の城に案内されるまでに、さらにいくつかの説明が行われた。
彼らの話によれば、この世界は十年前から“異常気象”に見舞われているという。始まりは突然だった。しとしとと小雨が降り続いたかと思えば、それがいつまで経っても止まない。しかも年月を重ねるごとに雨は激しくなり、今では一年三百六十五日、まるで恨みを晴らすように空が泣きじゃくっている有様だという。
大地は常に水気を帯び、作物はうまく育たない。穀物は腐り、果樹は実らず、人々は飢えや病に苦しんでいた。しかも、雨が続くことでモンスターの勢力が増しているらしい。深い沼地や水場が彼らの棲み処となり、多種多様なモンスターが人々の居住区へと迫りつつあった。
その対策として、カルタヘーナ王国では「冒険者」と呼ばれる戦士たちを組織し、モンスター討伐にあたらせているという。
「……あなたには“魔力”を感じます。いや、感じられたのです、最初は」
陽一を案内した召喚士の男が眉をひそめて言う。
陽一にとっては、魔力と言われてもピンとこない。ファンタジー小説の中の概念でしかなかったからだ。けれど、その世界では当たり前のように通用する“力”なのだという。
「本来、この世界にも魔力を持つ人間は十万人に一人の割合で存在します。だが、モンスターの被害が年々拡大する今、その数は全く足りない。さらに、魔力を持つ者の中から優れた冒険者が生まれるとは限りません。そこで王国は、別世界から“才能のある人物”を探すことを思いついたのです」
その計画の要こそが、召喚士たちが行使する「異界召喚術」。儀式を行い、魔力の反応がある世界の人間を引き寄せる。そして、この世界で冒険者として活躍してもらう――それが国の方針だった。
「太陽王の再来……というのは?」
「ふむ、太陽王というのは伝説の英雄で、千年前に現れた魔人を倒した存在です。災厄を振り払ったその力は、勇者や聖者を超え、まさしく“太陽をも操る”ほどのチカラだったと伝わります。詳しくは王にご説明を受けるかもしれませんが……いずれにしろ、あなたには我々が確認した限り、何らかの強大な魔力が潜んでいるはず。その力こそ、雨を止められる光明になると期待されたのです」
陽一はそれを聞いても半信半疑だった。しかし、とにかく元の世界に帰る方法がわからない以上、この世界でしばらく暮らさなければならないのだろうか。複雑な心境になりながらも、どうにか前を向き、話を受け止める。
城内に通されると、豪奢な広間で、恐らく王族の一部なのだろう豪華なドレスを纏った女性や、将軍らしき甲冑姿の男たちが陽一を値踏みするように見つめてくる。あまりいい気分ではなかったが、無視できるような状況でもない。
「彼が新たに召喚された者ですか? また随分と線が細そうですが……」
「まあ、魔力特性の判定をしてからでしょう。彼がどんなスキルを発現するか……ね」
どこか嘲笑の混じった視線。陽一の心には、まるで会社で上司に品定めされているときの嫌な感覚がよみがえった。だが、彼らにしてみれば、それだけ余裕がないのだろう。すでに何人も召喚を繰り返しているが、成功事例は数少ないとも言っていた。
ほどなくして、部屋の奥へと案内された陽一の目の前に、さまざまな武器類が並べられた。
剣、槍、弓、ロッド、杖……多種多様な装備がずらりと並ぶ。その一つを手にすると、それに応じて各人の特性スキルが発現するという仕組みだと説明を受けた。
「たとえば“炎+魔法”の特性を持つ者がロッドを取れば火炎魔法を使える、“雷+剣術”の特性を持つ者が剣を持てば雷の剣技を発動できる、という具合です」
「なるほど。でも、もし何も起きなかったら……?」
「その場合、何の才能もないということになる」
この瞬間、陽一は不安と期待が混ざった複雑な感情を覚えた。
もしかしたら、これまでの“晴れ男”が活かせる特性があるかもしれない。晴天を呼ぶ剣士とか、空を操る魔法使いとか――現実味があるかはわからないが、せめて自分の不思議な運命を肯定できる活路になるならば。
だが、その願いはあっさりと裏切られることになる。
まずは剣を握ってみるが、何の変化もない。光が走る、風が吹き上がるなどの分かりやすい兆しがあるはずなのに、まるで無反応。
次に槍、弓、斧、短剣、ハンマー……と一つずつ試すが、同じく不発。最後には金色に輝く王家の宝剣や、細身の魔法杖なども握らせてもらったが、何も起こらない。
何十種類、いや百種類に近い武器や装備を手に取ったが、どれも陽一とはまるで縁がないらしい。
神殿の奥に保管されていた骨董品のような武器まで試させられ、召喚士たちも必死の形相になったが、結局はすべて無反応に終わった。
結果は「役立たず」。――それが王城にいる面々の率直な評価だった。
「何ということだ……魔力があると感じて召喚したはずが、まったく発現しないとは……」
「ただの異世界人か。これでは何の戦力にもならぬ……」
冷たい囁きが部屋を満たす。
実際、いくら希望を抱いたところで、才能が発揮できないのだから仕方がない。陽一としても傷つきはしたが、周囲から浴びせられる失望の眼差しの前では何も言い返せなかった。
そのまま陽一は、城の奥から放り出されるように外へ出された。ひと月分ほどの生活費だけ支給されて、追放に近い扱いとだった。
唐突に召喚され、混乱の中で無能扱いされた陽一は、苛立ちと哀しみに打ちひしがれていた。
人生の中でこれほどまでに惨めに扱われたのは初めてかもしれない。少なくとも会社員時代は晴れ男という強み(?)もあったし、周囲はそれなりに優しかった。けれども今は「使えない」と言わんばかりに、さっさと消えろという空気を突きつけられている。
「勝手に呼んでおいて、そりゃないだろ……」
腹立たしさを噛みしめながら、陽一は王都の町はずれに取り残された。
夕刻にもかかわらず相変わらずの雨は降り続き、土の道はぬかるんでいた。傘もないし、まともな宿も当てがない。このまま途方に暮れていると、モンスターに襲われる危険すらあるという。
こうして陽一のこの世界での生活が、最悪の形で始まったのだった。
