サラリーマンの松山陽一(ヨウイチ)は、いわゆる「晴れ男」だ。
子供の頃から遠足や運動会、旅行などにいくときは必ず晴れるし、普段でも会社に行こうと玄関を出た途端に雨が止んだりするなど、晴れ男エピソードには事欠かない。
そんなある日、ヨウイチは事故にあい、気が付くと異世界に召喚されていた。
その世界は、原因不明の異常気象で10年前から雨が1年365日ずっと降り続いており、人々はそれによる凶作に苦しんでいた。
またモンスターたちも年々勢力を増しており、各地で町や村が襲われていた。
ヨウイチを召喚したのはカルタヘーナ王国の召喚士たちで、別の世界から”魔力”をもった人間を冒険者(モンスターと戦う特殊スキルをもつ戦士)にするために呼び寄せていた。
冒険者はそれぞれ自分の魔力特性にあった特殊スキルを持っている。そのスキルは、自分の適性にあったアイテムを持つと発現できるが、どんなスキルなのかは発現するまで本人にも召喚士たちにも分からない。
(例/魔力特性が”炎+魔法”=ロッドを持つと炎属性の魔法が使える・魔力特性が”雷+剣術”=ソードを持つと雷属性の剣技が使える、など)
だが、ヨウイチは、剣・ロッド・槍・弓矢など装備してもスキルが発現しない。
最終的に、王城にあった古いガラクタのようなアイテム(古い錆びた剣など)など何百も試したがスキルは発現せず、役立たずと扱われて王都から追い出される。
勝手に召喚しておきながら、役に立たないとみると放り出す仕打ちに怒るヨウイチ。
失意と怒りの中、ヨウイチは独りひっそりと暮らしていこうと、南方にある海辺の町”マイヨルカ”に行くことにした。
海辺の町“マイヨルカ”に馬車で向かうヨウイチは、乗り合わせた旅人から”太陽王(サン・キング)”の伝説を聞く。
太陽王は、1000年前に世界を危機に陥れた“魔人”を倒して世界に平和をもたらしたとされている勇者で、召喚士たちは勢力を増すモンスターや謎の異常気象に対抗すべく「太陽王になれる人物」を求めて別の世界から魔力を持つ人間を召喚しているらしい。
(この世界にも10万人に一人の割合で魔力をもつ人間はいるのだが、人が足りずに召喚を行っている。)
ヨウイチは、マイヨルカの町の近くで盗賊に襲われている若い女性を助ける。
若い女性は”メル”という名で、お礼がしたいと言われて家まで連れられて行く。
実はメルはマイヨルカの町長の娘で、しかもヨウイチが、召喚された冒険者であることがバレてしまい(スキルを持っていると勘違いされてしまい)、荒海の怪物・クラーケンの退治を頼まれてしまう。
数週間前に嵐とともに現れたクラーケンは、港で暴れまわり、若い娘の生贄を要求していた。
町長はしかたなく自分の娘のメルを生贄すること決め、明日がクラーケンとの約束の日だった。ヨウイチは断ることができずに、クラーケン退治を引き受けることになる。
その夜、嵐の中、町から逃げ出そうとしたヨウイチだったが、メルに見つかる。
メルはヨウイチが特殊スキルを持っていないことに気付いており、逃がしてくれようとする。メルの自己犠牲を顧みない姿に打たれて、ヨウイチは戦う覚悟を決める
その夜、世界が悪天候に覆われる前の”晴れた夏の海”が好きだったというメルのために、天気が少しでもましになればと思い、テルテル坊主を作ってから眠りにつく。
翌日、ヨウイチが目を覚ますと、天気は快晴を通り越して真夏のようになっていた。さらに、テルテル坊主から妖精が現れて、驚くヨウイチ。
それは光の妖精で、テルテル坊主がきっかけとなってヨウイチのスキル”晴れ男”が発現したことを告げる。
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※スキル「晴れ男」
1,テルテル坊主から半径30kmの範囲が快晴になること(=天候操作スキル)
2,妖精と一体化することで全ステータスを最大レベルに強化できる(=無双)
3,一般的な”魔力”ではなく“理力”という力によって発現する(=魔力を相殺できる)
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とてつもないチート性能のスキルに驚くヨウイチ。
そこに町長が現れて、ヨウイチは、クラーケンが現れる予定の港に連れていかれる。
女装(メルの替わり)をして港の突先で待っていると、クラーケンが現れる。しかし、クラーケンは暑さが苦手でかなり弱っていた。
巨体のクラーケンに水中に引きずり込まれたヨウイチだったが、妖精と一体化し、ステータス強化をしてクラーケンを倒す。
メルや町長、そして町中の人に感謝されるヨウイチ。
自分を捨てた王国のために働こうという気もおきなかったため、この町で生活していくことに決めたヨウイチ。
平穏に暮らしたかったので、スキル「晴れ男」のことは隠すことにして、町長から浜辺に立つ1件の建物を譲り受けてビーチカフェ「さんきんぐ」を営み始める。
晴天が続くマイヨルカの町。
浜辺には近隣の町からも人が訪れるようになり、ビーチカフェ「さんきんぐ」も、ヨウイチの出すメニューが人気で繁盛しはじめている。
光の妖精(”テリー”と名付けられた)は、メルのことが気に入り「俺はメルのそばにいる」と言って、日中はほぼ留守にしている。
※普通の人にはテリーの姿が見えないが、冒険者(魔力をもつ人間)には”見えて”しまう
マイヨルカの町に”氷の重装剣士・ディアナ“がやってくる。
ディアナは、強い冒険者やモンスターと戦うことを求める旅の剣士で、クラーケンを倒した男の噂を聞いてやってきた。
マイヨルカの町に入ったディアナだが、さっそく暑さのために甲冑を着ていられなくなり、軽装に着替えて調査を開始する。
※氷の重装剣士・ディアナ
・エルフ族の女性、大食い、暑いのが苦手。
・スキル「氷結」と巧みな剣術を使う
・家族を魔物たちに殺され、旅の武芸者に育てられた
・人前で甲冑を脱いだことがないので素顔を知られてない
ディアナは、ヨウイチのことを聞きつけ「さんきんぐ」にやってくるが、普段のヨウイチは一般人と変わらないのでスルーされる。
(※冒険者は、相手のステータスをオーラのように視認できるが、ヨウイチはテリーと一体化しないとステータス強化されないので一般人同様のオーラに見える)
その後、ディアナは、ヨウイチの料理が気に入り、昼は「さんきんぐ」で食事、夜は休暇目的で町に訪れていた他の冒険者たちに果し合い(闇討ち)を挑むようになる。
2週間ほど経過したある晩、常連客と化したディアナは自分の生い立ちをヨウイチに語り、そのまま酔いつぶれてしまう。ヨウイチはしかたなく店の2階にある自分の部屋で寝かせることにする。
「いい感じ」っぽくなる二人だが、そこにテリーが帰ってくる。
酔っているディアナは、妖精であるテリーを魔物と誤認して襲い掛かる。
ヨウイチはやめるように説得するがディアナは攻撃をやめず、氷結の必殺剣がヨウイチとテリーに直撃する。
その瞬間、テリーとヨウイチは一体化。
晴れ男スキルは”魔力”を無効化できるため、氷結攻撃がまったく効かないことが判明。たじろぐディアナをヨウイチは光の魔法で倒す。
戦いに敗れたディアナは自害しようとするが、ヨウイチは店のホールスタッフとして働くことを提案する。ディアナは承諾しこの町に居続けることを決める。
頼りになるスタッフが増えて喜ぶヨウイチ。ディアナもホールスタッフにやりがいを感じているらしい(まかないが目当て。スキル「氷結」が使えるので、ドリンクを冷やして出せる。天職)。
マイヨルカ出身の冒険者”ロッソ”が休暇で里帰りしてくる。
ロッソはメルの幼馴染で、ヨウイチに対して敵意をむき出しにし、一方的にライバルとして扱ってくる。
メルやディアナ、ロッソの弟・アスルが見守る中、ビーチスポーツ(スイカ割リ、ビーチフラッグ、遠泳)で対決する2人。ロッソが全勝する。
しばらくしたある日、町に休暇でやってきた別の冒険者が、ロッソを殴り倒す。
ロッソが、モンスター(死霊使い)との戦いで仲間を見捨てて、町に逃げてきたことが判明する。
時を同じくして、町から50kmほど離れた王国軍の宿営地が死霊使いに襲われ、ゾンビ化した兵士達がマイヨルカに向かっているという知らせが届く。
町長やヨウイチは相談の末、ゾンビの大軍を”町の外”で迎え撃つことを決め、休暇に来ていた冒険者たちにも協力してもらうことにする。
ヨウイチはロッソにも声をかけるが、メルやアスルの説得にもロッソは耳を貸さずに拒否する。
ロッソは、ヨウイチや冒険者たちが出発するのを眺めながら、回想する
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仲間の能力者たちと暗い森の中を進むロッソはゾンビに出くわす。
ゾンビの背後に強力な死霊使いの気配を感じたロッソは、仲間たちに退避を提案する。
それを無視した仲間たちは死霊使いに殺され、燃焼の能力使いだったロッソだけが辛くも生き延びる。
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ロッソは、その時のトラウマで敵と戦うことを恐れていた。
夜半、町の郊外の平野でヨウイチ達とゾンビの大軍の戦いが始まる。
同行した冒険者たちの活躍で、戦いは優勢に進む。
(ヨウイチはバレないようにスキルは使わず、テリーはカバンの中に隠れている)。
そのころ、ロッソが異様な気配を察知して目を覚ます。
実は死霊使いは、ゾンビの大軍と別行動をしており、数百体のゾンビとともに町のすぐ近くに現れる。
町の城壁の上で絶望するロッソ。
そこに、鎧に身を包んだディアナが現れ、「自分が戦うので、ヨウイチたちを呼びにいけ」とロッソを促す。
町のすぐ近くで対峙するディアナとゾンビの大軍。
そこに、自分も戦うことを選んだロッソが現れる。(助けは弟のアスルに呼びに行かせた)
ディアナの剣術とロッソの火炎拳でゾンビたちを倒すが、死霊使いは巨大なドラゴンゾンビを呼び出す。ドラゴンゾンビには攻撃が通じず、危機に陥る2人。
アスルがヨウイチの元にたどり着き、町の状況を伝える。
ヨウイチはテリーと一体化してステータスを全開放して助けに向かう。
ディアナとロッソがドラゴンゾンビに踏みつぶされる直前、ほぼ瞬間移動でヨウイチが駆けつけ、瞬くまにドラゴンゾンビと死霊使いを倒す。
スキルのことを隠しておきたいヨウイチの希望により、ロッソとディアナが死霊使いを倒したことになり、ロッソは名誉を回復する。
ロッソは町に残り、ビーチの警備員として働くことにする。
リゾート地として徐々に観光客が増えているマイヨルカの町。
ヨウイチは町長からお祭りの企画について相談を受け、ミスコンを提案する。
ミスコン案は採用され、メルやディアナも嫌々ながら候補者として参加が決まる。
ヨウイチは審査委員長をすることになる。
町一番のホテル「ビルトン」のオーナーは、これを機にホテルの知名度をあげようと思い、娘のリヨンを参加させる。
スタイルや容姿はいいが性格に難があるタイプのリヨンは、票集めのためにヨウイチに近づいてくる。
露骨な誘惑にデレてしまうヨウイチ。メル・テリー・ロッソから反感を買う。
祭りの前日、リヨンがミスコンのためにサクラの観客を雇っていることをテリーが気づくが、そのことでヨウイチと喧嘩になりテリーは拘束される。
(※テルテル坊主を縛るとテリーは動けなくなる)
いよいよミスコンがスタート。
ミスコンは2部制で、1部の一芸審査は審査員が評価することになっている。
それぞれが一芸を行い、この時点で票集めを行っていたリヨンが圧倒的なリードを得る。
2部は”観客が票をいれる”水着審査だが、メルとディアナは水着を嫌がってTシャツでの参加を決めており、サクラを雇っているリヨンの勝利はほぼ決まった状態に。
2部の水着審査がスタートしたところで、テリーが拘束から脱出。リヨンに雇われたサクラの観客たちを追い払おうと会場内で暴れはじめる。
ヨウイチやロッソがそれを止めに入るが、そのゴタゴタでテルテル坊主が破損。晴れ男の効果が一時的になくなり、にわか雨が降る。
雨によってメルとディアナのTシャツが透ける(ウェットルックになる)。
サクラの観客がいなくなったことと、ウェットルックで大票を獲得したディアナが1位、メルが2位になる。
テリーの存在はバレずに済むが、会場で暴れたことで町長たちから怒られ、落ち込むヨウイチ。だが、ミス・マイヨルカビーチに選ばれたディアナのおかげで翌日から「さんきんぐ」には、さらに沢山のお客さんが訪れるようになる。
晴天が続くマイヨルカの町は、国中の噂となりつつある。
ヨウイチはバレないかと心配になり、たまに雨を降らせる(店を休みにする)ことを決める。
時を同じくして「太陽王」を自称する怪しげな予言者が町に現れ、天気予報をするようになったので、その預言に合わせて天気を操作することにする。
しばらく後、王都からアリという召喚士直属の監察官が、快晴が続く原因を調べるためにやってくる。
ヨウイチの店「さんきんぐ」にも調査にやってきたアリだが、とても親切な態度で、警戒していたヨウイチも安心し、王国に対してもっていた不信感や敵対心が和らぐ。
天気予報が立て続けに当たる自称「太陽王」は、調子に乗って町の有力者などにも取り入るようになり、次第に横柄な態度をとるようになる。
町長も扱いに困っているとメルから聞いたヨウイチも責任を感じ始める。
ある日、店に訪れた自称太陽王は、エルフであるディアナに対してセクハラ・人種差別のような行動をとる。客とはいえあまりにひどい態度に怒るヨウイチとロッソ。
だが、二人を制して、居合わせたアリが自称太陽王に言い返し、口論の末に追い払ってくれる。感謝するヨウイチ達。
数日後、曇りが何日か続いた後に、自称太陽王は“晴れの儀式”を行うといって町の人を集める。
ヨウイチは、逆に天気を豪雨にして自称太陽王のメンツをつぶす。
その後、町の人たちの反感を買っていた自称太陽王は、追われるように町を出ていく。
ざまぁ成功でスッキリするヨウイチ達。
偽物でとはっきりしたので、アリも調査を終えて王都に帰っていく。
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町から離れた森の中、独り歩いている自称太陽王の前に、アリが現れる。
悪態をつく自称太陽王に向かって、冷たい目で呪詛の言葉を返すアリ。
すると、ニセ太陽王は苦しみながらその場で悶え死ぬ。
アリは「太陽王を名乗った貴方が悪いんです」と言って、蛇のような舌を見せて笑いながら消える。
アリは、”誰か”の前で事の次第を報告している。
太陽王のことだけでなく、クラーケンや死霊使いのことも話題に上る。
その“誰か”の胸には、王国の召喚士のエンブレムが飾られていた。
ストーリーの途中ですが、大賞応募用なので、ひとまずここまで。
えっと、このあとも「モンスターや能力者とのバトル」や「ビーチでのスローライフ」などのエピソードを交互に織り交ぜつつ、太陽王の謎や、敵の組織や黒幕との対決を大軸として物語は進みます。
ヨウイチのスキルが晴れ男なので、薄々お気づきと思いますが、この世界にはスキル「雨男」を持つ人物もいます。あ、アリのスキルは「毒舌」です。
しょうもない話を読んで頂き、ありがとうございました。それでは、続きをお楽しみに。
2021.8.31
砂者小路 胸熱
実際に書いてみた
【転生】・
松山陽一は、子供の頃から奇妙なほどに「天気に恵まれる」体質だった。
遠足の日には必ず晴れ、運動会の日に台風が接近しているとニュースで報じられても、なぜか当日は暑いほどの快晴になった。大人になってからもその傾向は続き、出勤時に雨が降っていても玄関を出るとスッと雨が上がることもたびたびあった。
周囲には冗談半分で「晴れ男」「太陽神」などと囃し立てられたが、本人はまるでピンときていなかった。
確かに自分が外出するときは雨が止む。旅行もアウトドアも雨で中止になったことがない。けれども、それは単なる偶然の連続であって、陽一自身にとっては「得をしたな」と思う程度のささやかな現象に過ぎなかった。
やがて大学を卒業し、某メーカーに就職した陽一だったが、生活はごく平凡。朝は満員電車に揺られ、会社に着いたらパソコンに向かってひたすら数字の処理をする。たまにある出張先では天候に恵まれ、先方から「本当に晴れ男なんですね」などと笑われる。
「晴れ男」は、陽一にとってのささやかなアイデンティティ――そんなふうに思っていた。
しかし、人生の転機とは往々にして突然訪れる。
ある雨の月曜日、陽一はいつものように駅まで歩いていく途中だった。天気予報では豪雨と報じられていたが、玄関を出た時には小康状態に。とはいえ路面は濡れて滑りやすく、足早に歩いていた彼は、角を曲がったところで自転車と接触し、その衝撃で道路に倒れ込んだ。頭を強く打ったようで、視界が揺れて、まるで寝起きのように意識が曖昧になる。そのまま救急車で運ばれた記憶が薄らぼんやりとあるような、ないような……。
そして、陽一が次に目を覚ましたとき、自分が見知らぬ場所にいることを理解するのに数秒を要した。
薄暗い石造りの部屋。壁際には燭台がいくつか置かれ、ゆらゆらとオレンジ色の火を揺らめかせている。まるで中世ヨーロッパの城の一室のようにも感じられた。傍らに立つ年配の男が、驚いたような眼差しでこちらを見ている。黒いローブに身を包んだ数人の男女。彼らは口々に何かを喋っていたが、初めのうちはどの言葉も陽一には理解できなかった。
すると突然、年配の男が高らかに何かを唱える。部屋の中央に描かれた魔方陣が怪しく揺らぎ、陽一の周囲に金色の光が立ち昇る。あっという間だったが、その光が収まった後には、なぜか彼らの言葉が耳に馴染むようになった。
「――わかりますか? 我らはカルタヘーナ王国に仕える召喚士団の者です」
ローブの男が、まるで儀式のように朗々と言う。その声は確かに日本語ではないのに、なぜか陽一には意味が理解できた。
「しょ……しょうかんし……?」
「ああ、あなたは別世界の客人。我々が行使した『異界召喚術』によって、こちらの世界にお呼びしたのです」
何が何だかわからない。ただ、その表情は陽一を睨むでもなく、かといって優しく迎え入れるでもない、どこか複雑な様子だった。
「ようこそ、カルタヘーナ王国へ。あなたが……“太陽王”の再来であることを願いますが……まあ、それはこれからの判定次第ですがね」
“太陽王”という単語が不思議に耳に残った。そして、もはや混乱の極みの中にいた陽一は、この言葉をただ受け止めるだけだった。
【雨の世界】
陽一がカルタヘーナ王国の城に案内されるまでに、さらにいくつかの説明が行われた。
彼らの話によれば、この世界は十年前から“異常気象”に見舞われているという。始まりは突然だった。しとしとと小雨が降り続いたかと思えば、それがいつまで経っても止まない。しかも年月を重ねるごとに雨は激しくなり、今では一年三百六十五日、まるで恨みを晴らすように空が泣きじゃくっている有様だという。
大地は常に水気を帯び、作物はうまく育たない。穀物は腐り、果樹は実らず、人々は飢えや病に苦しんでいた。しかも、雨が続くことでモンスターの勢力が増しているらしい。深い沼地や水場が彼らの棲み処となり、多種多様なモンスターが人々の居住区へと迫りつつあった。
その対策として、カルタヘーナ王国では「冒険者」と呼ばれる戦士たちを組織し、モンスター討伐にあたらせているという。
「……あなたには“魔力”を感じます。いや、感じられたのです、最初は」
陽一を案内した召喚士の男が眉をひそめて言う。
陽一にとっては、魔力と言われてもピンとこない。ファンタジー小説の中の概念でしかなかったからだ。けれど、その世界では当たり前のように通用する“力”なのだという。
「本来、この世界にも魔力を持つ人間は十万人に一人の割合で存在します。だが、モンスターの被害が年々拡大する今、その数は全く足りない。さらに、魔力を持つ者の中から優れた冒険者が生まれるとは限りません。そこで王国は、別世界から“才能のある人物”を探すことを思いついたのです」
その計画の要こそが、召喚士たちが行使する「異界召喚術」。儀式を行い、魔力の反応がある世界の人間を引き寄せる。そして、この世界で冒険者として活躍してもらう――それが国の方針だった。
「太陽王の再来……というのは?」
「ふむ、太陽王というのは伝説の英雄で、千年前に現れた魔人を倒した存在です。災厄を振り払ったその力は、勇者や聖者を超え、まさしく“太陽をも操る”ほどのチカラだったと伝わります。詳しくは王にご説明を受けるかもしれませんが……いずれにしろ、あなたには我々が確認した限り、何らかの強大な魔力が潜んでいるはず。その力こそ、雨を止められる光明になると期待されたのです」
陽一はそれを聞いても半信半疑だった。しかし、とにかく元の世界に帰る方法がわからない以上、この世界でしばらく暮らさなければならないのだろうか。複雑な心境になりながらも、どうにか前を向き、話を受け止める。
城内に通されると、豪奢な広間で、恐らく王族の一部なのだろう豪華なドレスを纏った女性や、将軍らしき甲冑姿の男たちが陽一を値踏みするように見つめてくる。あまりいい気分ではなかったが、無視できるような状況でもない。
「彼が新たに召喚された者ですか? また随分と線が細そうですが……」
「まあ、魔力特性の判定をしてからでしょう。彼がどんなスキルを発現するか……ね」
どこか嘲笑の混じった視線。陽一の心には、まるで会社で上司に品定めされているときの嫌な感覚がよみがえった。だが、彼らにしてみれば、それだけ余裕がないのだろう。すでに何人も召喚を繰り返しているが、成功事例は数少ないとも言っていた。
ほどなくして、部屋の奥へと案内された陽一の目の前に、さまざまな武器類が並べられた。
剣、槍、弓、ロッド、杖……多種多様な装備がずらりと並ぶ。その一つを手にすると、それに応じて各人の特性スキルが発現するという仕組みだと説明を受けた。
「たとえば“炎+魔法”の特性を持つ者がロッドを取れば火炎魔法を使える、“雷+剣術”の特性を持つ者が剣を持てば雷の剣技を発動できる、という具合です」
「なるほど。でも、もし何も起きなかったら……?」
「その場合、何の才能もないということになる」
この瞬間、陽一は不安と期待が混ざった複雑な感情を覚えた。
もしかしたら、これまでの“晴れ男”が活かせる特性があるかもしれない。晴天を呼ぶ剣士とか、空を操る魔法使いとか――現実味があるかはわからないが、せめて自分の不思議な運命を肯定できる活路になるならば。
だが、その願いはあっさりと裏切られることになる。
まずは剣を握ってみるが、何の変化もない。光が走る、風が吹き上がるなどの分かりやすい兆しがあるはずなのに、まるで無反応。
次に槍、弓、斧、短剣、ハンマー……と一つずつ試すが、同じく不発。最後には金色に輝く王家の宝剣や、細身の魔法杖なども握らせてもらったが、何も起こらない。
何十種類、いや百種類に近い武器や装備を手に取ったが、どれも陽一とはまるで縁がないらしい。
神殿の奥に保管されていた骨董品のような武器まで試させられ、召喚士たちも必死の形相になったが、結局はすべて無反応に終わった。
結果は「役立たず」。――それが王城にいる面々の率直な評価だった。
「何ということだ……魔力があると感じて召喚したはずが、まったく発現しないとは……」
「ただの異世界人か。これでは何の戦力にもならぬ……」
冷たい囁きが部屋を満たす。
実際、いくら希望を抱いたところで、才能が発揮できないのだから仕方がない。陽一としても傷つきはしたが、周囲から浴びせられる失望の眼差しの前では何も言い返せなかった。
そのまま陽一は、城の奥から放り出されるように外へ出された。ひと月分ほどの生活費だけ支給されて、追放に近い扱いとだった。
唐突に召喚され、混乱の中で無能扱いされた陽一は、苛立ちと哀しみに打ちひしがれていた。
人生の中でこれほどまでに惨めに扱われたのは初めてかもしれない。少なくとも会社員時代は晴れ男という強み(?)もあったし、周囲はそれなりに優しかった。けれども今は「使えない」と言わんばかりに、さっさと消えろという空気を突きつけられている。
「勝手に呼んでおいて、そりゃないだろ……」
腹立たしさを噛みしめながら、陽一は王都の町はずれに取り残された。
夕刻にもかかわらず相変わらずの雨は降り続き、土の道はぬかるんでいた。傘もないし、まともな宿も当てがない。このまま途方に暮れていると、モンスターに襲われる危険すらあるという。
こうして陽一のこの世界での生活が、最悪の形で始まったのだった。