【新ホールスタッフ】

 翌朝。ディアナは頭痛と倦怠感に苛まれながら目を覚ました。
思い返せば、昨日は随分と酒を飲んだ。そして、自分がヨウイチに押し倒され――いや、押し倒したうえに魔物と勘違いして切りかかり、挙句の果てに自害しようとしたことなどを、徐々に思い出してきた。まさに悪酔いの極み。
散々な行動を取ってしまった自分に、ディアナは顔を覆いたくなる。

「……なんてことだ。私はなんと愚かなんだ……」

ベッドから起き上がるとと、部屋の片隅にあるソファに横になるヨウイチの姿が目に入った。ディアナの声で彼も目を覚まし、気まずそうに苦笑しながら声をかける。

「おはよう。……大丈夫? 昨日はひどい酔い方してたけど」

「す、すまない……とても恥ずかしくて死にたい……」

ディアナはそう呟きながらも、自害する気力はさすがにもうないらしく、昨夜の自分の暴走を後悔している様子だ。ヨウイチはこれ幸いと、昨夜の約束を改めて確認する。

「それで……店で働くって話、どうする? 忘れてるかもしれないけど、酔った勢いとはいえ、確かにそう言ってたけど」

「……うぐ。覚えてる。まさか本当に雇うつもりなのか? 私のような戦士を……」

「もちろん。大歓迎だ。俺もスタッフを探してたところだし。合わないと思ったら、そこでやめりゃいいさ」

ディアナは唸るように黙り込み、しばらく考え込んだ。
彼女は本来、戦うことを生業としてきたが、クラーケンも既に倒されていて、現在のマイヨルカ周辺には凶悪なモンスターはの情報もない。
次の目的地を探すにしても、この土地をそう簡単に離れるのは惜しいと思っている自分がいる。加えて、さんきんぐの料理は絶品だし、好きなだけ食べられるならそれも魅力的だ。
悩み抜いた末、ディアナは渋々と頷いた。

「わかった。しばらくやってみる……」

「よし、決まり! よろしく頼む」

ヨウイチは満面の笑みを見せる。かくして、氷の重装剣士・ディアナが、ビーチカフェ「さんきんぐ」でホールスタッフとして働くことになった。


さっそく試しに昼営業から手伝ってもらうことにしたが、最初は戸惑いだらけだった。
ディアナは接客業どころかキッチンに立ったことすらないし、客の前で笑顔を作るのも苦手だった。
だが、彼女には「氷結」のスキルがあった――たとえばドリンクを瞬時に冷やしたり、グラスに氷を作り出すことができたりと、店の運営には想像以上の利便性とスピードをもたらしてくれる。

「カウンターの奥でサーバーの水を冷やしておいてくれたら助かるんだけど」

「ふむ……こうか? ――《フロスト・タッチ》……」

ディアナが指先で魔力を注ぐと、水が一瞬にして冷気を帯び、涼しい飲料水として利用できるようになる。これまでヨウイチが魔石の氷や魔道具で何とか補っていたのが、ディアナの力によって格段に効率的になった。

また、彼女の意外な才能として、料理の下ごしらえのスピードが速いという面があった。
剣術で鍛えた手捌きと氷結による時短テクニックを駆使して、野菜や肉を瞬時に冷やしたり、カットしたりできる。さらに、大量の氷水を用意することで、海鮮を鮮度良く保ち、スープのアク取りなんかもスムーズにこなす。
その作業ぶりを見たヨウイチは目を丸くしながらも大喜びだった。

「ディアナさん、すげえ助かるわ。本当にキッチンに立ったことなかったの?」

「初めてだ。だが……こういう仕事も、意外と奥が深いのだな」


そのまま数日働いてみて、ディアナは内心、戦いに明け暮れるだけが人生ではないということを、少しずつ実感し始めていた。
接客にはまだ馴染めず、客の前ではツンとした態度を取ってしまうが、一方で店の裏方作業では持ち前の器用さを発揮している。時折、メルが訪れてフロアを手伝うときもあるが、そのたびにディアナは妙に張り合ってしまい、さらに仕事に熱が入るという展開になる。

「ディアナさん、ドリンクを三番テーブルにお願いできますか?」

「ちっ……わかった。はいはい、ただいま持っていくぞ……」

まさかの“剣士口調”で、ディアナがグラスを運ぶ光景は、店の常連客にとっても名物となりつつある。
ある者は「すごいクールな美人スタッフが入った!」と喜び、ある者は「なんか怖そうだけど、氷ドリンクが最高だ」と評する。ディアナ自身は照れくささや抵抗感があるらしく、客の前でほとんど笑顔を見せないが、だんだんと「不器用な姐さんスタッフ」として受け入れられ始めていた。


だが、ただ一人、複雑な表情を浮かべる人物がいた。それがメルだ。
メルは町長の仕事を手伝いながらも、「さんきんぐ」には日中や夕方に時々顔を出している。明るく元気な彼女は町の看板娘としても人気が高く、ヨウイチの店にとっても貴重な“客寄せ”だった。

だが、新たにディアナが加わったことで、どうにも落ち着かない。
ディアナがホールやカウンターの奥でヨウイチと二人きりで作業しているところを見ると、メルはあからさまに不機嫌そうな視線を向ける。そのたびに「何をやってるんだろう私……」と自己嫌悪に陥りつつも、結局はモヤモヤとしながら二人のことを凝視してしまうのだ。

「……何、あの人。いつの間にそんな親しげになって……」

メルは口には出さないが、ディアナの褐色肌や鋭い瞳、そしてあの抜群のスタイルを見ると「負けてるような気がする」と落ち込む。
この微妙な関係が、今後の物語にどう影響していくのか――それはまだ誰も知らない。