【対決】

ディアナを抱きかかえ、二階へ続く階段をヨロヨロと上がるヨウイチ。さすがに剣士だけあって筋肉質で、女性にしては重い……。
それでもなんとか部屋に入れ、ベッドへ寝かせようとしたそのとき、ディアナの腕がヨウイチの首をつかんだ。

「……ん、ふ……どこへ行く、もうちょっと……飲むんだ……」

「え? ちょ……ちょっと!?」

ディアナはヨウイチの首を腕で絡め取り、そのままベッドに引き倒してしまった。押し倒された形のヨウイチは、彼女の豊かな胸元やしなやかな腰の感触に面食らいながら、必死に体勢を立て直そうとする。

「あ、あの、ディアナさん!? ちょっと落ち着いて……!」

「うるさい……あたしを……ばかにするな……ん……」

褐色の肌がうっすらと汗ばんで光り、顔を朱に染めたディアナの潤んだ瞳が至近距離に迫る。普段は無愛想な彼女の艶っぽい表情に、さすがにヨウイチもドキリとしてしまった。
意外にも女性らしい部分があるのだ、と妙に感心しながらも、押し倒されたままではどうにもできない。

(こ、これはヤバいんじゃ……?)

さらにディアナの腕がヨウイチの背中に回され、彼女の体重がのしかかってくる。二人の顔が徐々に近づき、唇さえ触れそうな距離に……その瞬間、部屋の窓からすーっと小さな光の玉が入ってきた。――テリーだ。

「ヨウイチ、ただいまー。今日はメルと一緒に……って、あれ? 何してんの?」

妖精の姿は、一般人には見えない。
しかしディアナは魔力資質を持つため、視覚が働けばテリーの存在が見えるはずだ。だが、今は酔いつぶれている。
テリーは、「寝てるの?」と呑気に言いながら、ふわふわとディアナの周囲を飛び回る。

「(テ、テリー!早くあっちに行って……!)」

テリーが見られたらまずいことになる―――ヨウイチは小声で必死に指示するが、テリーには伝わらない。

そのときディアナの瞳がはっと見開かれた。テリーを捉えた瞬間、彼女の戦闘本能が呼び起こされる。

「な…なに!……魔物だな……っ!」

「テリー!早く逃げろ!」

ディアナは酔っているとはいえ、身体が冒険者としての反応を示す。
瞬く間に腰の剣を抜き、薄青いオーラを放出させた。その刃には氷結の魔力が凝縮され、まるで部屋の空気が一瞬にして凍り付くかのような冷気が漂う。

「ちょっと! ディアナさん、やめろ! テリーは魔物じゃない!」

なんとかなだめようと、ディアナとテリーの間に割って入る。

「う、うるさい!私の目の前でうろちょろするモンスターは、全部斬る!」

半ば錯乱状態だ。ディアナは大上段から一気に剣を振り下ろす。その剣先から発せられる氷の力は、周囲の空気を凍てつかせながら鋭い一閃としてヨウイチとテリーに襲いかかる。まるで氷刃が幾本も伸びるような凶悪な必殺剣だ――。

しかし、その瞬間、ヨウイチとテリーは急激に光を帯び、一体化した。

「くっ……!」

テリーがヨウイチの身体に溶け込むように融合し、白い光のオーラが身体を包む。
ヨウイチのスキル“晴れ男”は、魔力を無効化する「理力」によって支えられている。いわゆる魔法に属する攻撃であるディアナの氷結は、ヨウイチに対して効果を発揮できない。

氷の必殺剣は、まるで空気を裂くだけの無力な斬撃として弾かれ、ヨウイチの身体には全く届かない。
吹き飛ばされるようにディアナは後退し、そのまま床に倒れ込んだ。

「な……なに……? 私の……攻撃が効かない……?」

「ディアナさん、落ち着いてってば!」

さらにヨウイチは、ほんの少しだけ強化された身体能力を使い、ディアナの腕を掴んで力を込める。
攻撃はしないが、その威圧感は凄まじい。ディアナは半ば酔いのままで動けなくなり、悔しげに瞳を揺らす。

「うぅ……こんな……こんな状態で、私は……負けるわけには……!」

「負けとか勝ちとかじゃない! テリーは魔物じゃないんだ。それに、あなた……完全に酔っぱらってるでしょ?」

酔いと混乱の末、ディアナは力尽きるように再び床に崩れ落ちた。そのまま意識が朦朧とする彼女は、悔しさで涙目になりながら何か呟く。

「私は……強い相手に勝たなきゃいけないのに……ここまで来て……魔物を斬れなかった……もう……死ぬしか……」

「はあ!? 何言ってんの?」

ディアナはあろうことか、護身用の短剣を取り出し、自分の喉元に当てようとする。――自害。名高い戦士の中には、敗北を認めたときに切腹や自害を選ぶ風習を持つ者もいる。
ディアナの場合、その心情を根っこに持っていてもおかしくない。ヨウイチは焦って短剣を叩き落とす。

「こんな酔った勢いのまま、人の家で死なれても困るよ!」

「うるさい……私は、私の誇りを……」

「誇りとか命とか、どっちが大事なんだよ!」

ヨウイチはディアナの肩をつかんで激しく揺さぶる。彼女は目を覚ましかけ、だがまだ朦朧とした声で呟く。
ここで適切な言葉をかけなければ、また短剣を手にしてしまうかもしれない――ヨウイチは咄嗟に考えを巡らせ、あるアイデアを口にした。

「じゃ、じゃあ……うちの店で働いてくれ! ホールスタッフとして!」

「はあ……? 何を……言ってるんだ……?」

「ディアナさんの気持ちは分かった! だけど、俺の店は今スタッフが足りないんだ。力仕事だってあるし……それに、氷のスキルがあれば、ドリンクを冷やすのに便利じゃないか」

「ドリンクを冷やす……?」

「ああ、そうだ。いずれは店で"かき氷"を出そうと思ってたんだ! ほら、他にもディアナさんの能力を使って、何か面白いことができそうだろう? 俺はそう思うんだ!」

荒唐無稽な提案だが、ヨウイチは必死だった。
ディアナを止めるには、生きる理由を提示するのが最も効果的だと直感的に感じたのだ。――すると、ディアナは呆然とした表情を浮かべ、眉間に皺を寄せながらしばらく黙り込んだ。

「……私の力が、ドリンクを冷やすだけに使われるのか?」

「それだけじゃないさ。新しい生き方ができるかもって話だ。納得いくまで、ここで働いてみるのはどう? その後、どうしても戦いたいって言うなら……まあ、考えてあげるから。ね?」

「…………」

ディアナは明らかに混乱している。冒険者としては誇りを懸けて戦ってきた自分が、店のスタッフなどという一般的な仕事をするなど想像もしていなかったのだろう。しかし、そのまま自害されるわけにはいかない。
しばらくして、ヨウイチの真剣な表情に押される形で、彼女は何とか頷いた。

「わ……わかった……わけが……ないだろ……でも、わかった……ここで働いてやる……」

「そ、そうか。とりあえず、今日はゆっくり寝て! まずはお酒を抜かなきゃだめだ」

「わかった…むにゃ…」

こうしてディアナは、半ば投げやりながらもヨウイチの提案を受け入れる形となり、そのまま深い眠りへと落ちていった。
ヨウイチは心底ホッとしつつ、テリーにも「ごめんな、変なことに巻き込んで」と謝罪する。テリーは「ま、別いいけど……ところで、この人、誰?」とのんきに笑っていた。
こうして、危険極まりない一夜は終わりを迎えた。