【泥酔】
そんな日々が続き、ディアナがマイヨルカに滞在してから約二週間が過ぎたある晩。
ビーチカフェ「さんきんぐ」は昼間の営業を終えて夜営業に切り替えていた。昼より客足は減るが、それでも夕暮れ時には人が集まり、ささやかな酒場のような雰囲気になる。
ディアナはその日も店に現れ、大量の料理とアルコールを注文していた。南国のフルーツを使ったカクテルや、ヨウイチ特製のスパイシーチキン、海鮮グリルなどを次々と平らげ、やがてカウンターでゆったりと酒を飲み始める。すると珍しく、ディアナのほうからヨウイチに話しかけてきた。
「なあ、ヨウイチ。お前、ここでカフェをやってるが……その、強いのか?」
「え? 強いって、何がですか?」
「戦闘のことだ。クラーケンを倒したっていう噂があるだろう。なぜ普段はそんなに戦いの気配がないんだ?」
「えっと……まあ、いろいろ事情があって、今はのんびり暮らしたいだけなんですよ」と、ヨウイチは曖昧に笑って誤魔化す。
彼には“晴れ男”のスキルとテリーという強力なパートナーがいるが、それを開示すればまた王都やら何やらが騒ぎ出しかねない。
何より、平穏を求めてこの町に来たという経緯もあり、必要以上に目立ちたくないのだ。
ディアナは酒を煽り、「ふうん」と興味なさげに返す。しかし、その声にはわずかな寂しさが混じっていた。
やがてディアナは、かなり酔いが回ってきたのか、頬を赤らめて口が滑らかになり始めた。
「おい、ヨウイチ……悪いが、ここの“特製チキン”をもう一皿と、あと酒を……」
「はいはい、ディアナさん。飲みすぎ注意ですよ~」
普段はクールな女性が酒に酔うとこんなにも表情が変わるのか、とヨウイチも少し驚きながら見守っていた。やがて、ディアナは火照った頬でカウンターに肘をつき、低い声で話し始めた。
「……私の家族は……昔、魔物に殺されたの。私がまだ幼い頃……確か、ゴブリンの大群が村を襲って……母も父も妹も……みんな目の前で死んでいった」
「……そ、そうだったんですね…」
ヨウイチも動揺してかける言葉も出てこない。
「そのとき、偶然通りかかった旅の武芸者が私を拾ってくれた。……その人は“魔物を狩る”ことだけを生きがいにしていて、私に剣術と魔力の使い方を教えてくれた」
ディアナの瞳は酒のせいで潤んでいるが、その奥底に沈殿する悲しみが覗いていた。
「氷の力なんて、エルフには珍しい。だからこそ私には才能があると、その人は言っていたよ。――でも、その人もまた、上位の魔物との戦いで死んだ。結局、私の周りからは大事なものがどんどん消えていくの……だから、私は強さを求める。強い相手と戦い、魔物を倒し続けるしかないんだ」
ディアナはゴクゴクと残りの酒を飲み干し、「ああ、もう一杯」とヨウイチに注文する。ヨウイチは慎重に言葉を選びながら、新しいグラスに酒を注いで出した。
「……強い相手と戦うことで、失ったものを取り戻すわけじゃないかもしれませんが……それでも、ディアナさんには目指すものがあるんですね」
「うるさい。……お前に何がわかる」
ディアナの反応は冷たいが、その表情はどこか迷いを含んでいた。
これ以上、踏み込んだ言葉は控えた方がいいだろう――ヨウイチがそう思っているうちに、ディアナは再び大きなジョッキを傾け、ゴクゴクと飲み続ける。かなりペースが早い。さすがの大食いでも、これは酔い潰れるのではないか……。
「……もうやめといた方がいいんじゃ?」
「うるさい。私は……もっと飲める……」
そのままディアナは、何度か意識が遠のきそうになりながらも酒を追加で注文し、最終的にはヨウイチの目の前でテーブルに突っ伏した。
「……まったく、やれやれ」
店内の他の客もそろそろ引き上げた時間帯。ヨウイチは仕方なくディアナを起こそうとするが、微動だにしない。
氷の重装剣士も、アルコールには勝てないらしい。
「うちの店は宿泊施設じゃないんだけどなあ……」
そうぼやきながらも、このまま放置しては危ないし、外へ出してなにかあっても困る。
ヨウイチは悩んだ末、結局ディアナを店の二階にある自分の部屋へ運ぶことにした。ベッドに寝かせ、少しでも休ませようというわけだ。
しかし、問題はここからだった。
そんな日々が続き、ディアナがマイヨルカに滞在してから約二週間が過ぎたある晩。
ビーチカフェ「さんきんぐ」は昼間の営業を終えて夜営業に切り替えていた。昼より客足は減るが、それでも夕暮れ時には人が集まり、ささやかな酒場のような雰囲気になる。
ディアナはその日も店に現れ、大量の料理とアルコールを注文していた。南国のフルーツを使ったカクテルや、ヨウイチ特製のスパイシーチキン、海鮮グリルなどを次々と平らげ、やがてカウンターでゆったりと酒を飲み始める。すると珍しく、ディアナのほうからヨウイチに話しかけてきた。
「なあ、ヨウイチ。お前、ここでカフェをやってるが……その、強いのか?」
「え? 強いって、何がですか?」
「戦闘のことだ。クラーケンを倒したっていう噂があるだろう。なぜ普段はそんなに戦いの気配がないんだ?」
「えっと……まあ、いろいろ事情があって、今はのんびり暮らしたいだけなんですよ」と、ヨウイチは曖昧に笑って誤魔化す。
彼には“晴れ男”のスキルとテリーという強力なパートナーがいるが、それを開示すればまた王都やら何やらが騒ぎ出しかねない。
何より、平穏を求めてこの町に来たという経緯もあり、必要以上に目立ちたくないのだ。
ディアナは酒を煽り、「ふうん」と興味なさげに返す。しかし、その声にはわずかな寂しさが混じっていた。
やがてディアナは、かなり酔いが回ってきたのか、頬を赤らめて口が滑らかになり始めた。
「おい、ヨウイチ……悪いが、ここの“特製チキン”をもう一皿と、あと酒を……」
「はいはい、ディアナさん。飲みすぎ注意ですよ~」
普段はクールな女性が酒に酔うとこんなにも表情が変わるのか、とヨウイチも少し驚きながら見守っていた。やがて、ディアナは火照った頬でカウンターに肘をつき、低い声で話し始めた。
「……私の家族は……昔、魔物に殺されたの。私がまだ幼い頃……確か、ゴブリンの大群が村を襲って……母も父も妹も……みんな目の前で死んでいった」
「……そ、そうだったんですね…」
ヨウイチも動揺してかける言葉も出てこない。
「そのとき、偶然通りかかった旅の武芸者が私を拾ってくれた。……その人は“魔物を狩る”ことだけを生きがいにしていて、私に剣術と魔力の使い方を教えてくれた」
ディアナの瞳は酒のせいで潤んでいるが、その奥底に沈殿する悲しみが覗いていた。
「氷の力なんて、エルフには珍しい。だからこそ私には才能があると、その人は言っていたよ。――でも、その人もまた、上位の魔物との戦いで死んだ。結局、私の周りからは大事なものがどんどん消えていくの……だから、私は強さを求める。強い相手と戦い、魔物を倒し続けるしかないんだ」
ディアナはゴクゴクと残りの酒を飲み干し、「ああ、もう一杯」とヨウイチに注文する。ヨウイチは慎重に言葉を選びながら、新しいグラスに酒を注いで出した。
「……強い相手と戦うことで、失ったものを取り戻すわけじゃないかもしれませんが……それでも、ディアナさんには目指すものがあるんですね」
「うるさい。……お前に何がわかる」
ディアナの反応は冷たいが、その表情はどこか迷いを含んでいた。
これ以上、踏み込んだ言葉は控えた方がいいだろう――ヨウイチがそう思っているうちに、ディアナは再び大きなジョッキを傾け、ゴクゴクと飲み続ける。かなりペースが早い。さすがの大食いでも、これは酔い潰れるのではないか……。
「……もうやめといた方がいいんじゃ?」
「うるさい。私は……もっと飲める……」
そのままディアナは、何度か意識が遠のきそうになりながらも酒を追加で注文し、最終的にはヨウイチの目の前でテーブルに突っ伏した。
「……まったく、やれやれ」
店内の他の客もそろそろ引き上げた時間帯。ヨウイチは仕方なくディアナを起こそうとするが、微動だにしない。
氷の重装剣士も、アルコールには勝てないらしい。
「うちの店は宿泊施設じゃないんだけどなあ……」
そうぼやきながらも、このまま放置しては危ないし、外へ出してなにかあっても困る。
ヨウイチは悩んだ末、結局ディアナを店の二階にある自分の部屋へ運ぶことにした。ベッドに寝かせ、少しでも休ませようというわけだ。
しかし、問題はここからだった。
